日本語の達人、ボルジェス
サントスに行った時のもう1つの目的は、この人のインタビューをするためだったのです!
どーん。
あ、またしても、エントルタ・マィス・ノン・カーイのTシャツと一緒。
選手はみんな、いい人達です。
ご近所の会、みたいなブロッコにつきあってくれて…。
そのボルジェス、ベガルタサポーターの方々なら、ご存じかと思うけど、本当に、陽気でニコニコさん。
この日も、「ゲンキデスカー?」と、猪木さんみたいな感じで、元気いっぱいに登場してくれました。
サントスのことも、クラブワールドカップのことも、サッカー哲学とかも、もちろん、いろいろ聞いたんですが、話題はやっぱり、仙台のことになります。
サポーターとの思い出話や、日本語、チャント、ゴール後のパフォーマンスのこととか、連続攻撃で聞いたら、ボルジェス「あんたもまた、いろいろ引っ張りだすね~」とウケるボルジェス。
仙台サポーターの人達が試合で歌っていた、ボルジェスのチャントを、ちょっとハニカミさんになりつつも歌ってくれたり、その場でパッと思い出す限りの日本語、ペランペラン披露してくれたり。
ポルトガル語を話していても、時々日本語を折り交えたりして、日本の視聴者・読者のみんなに喜んでもらおうと、サービス精神いっぱいなんです。
セレソン初招集のことを聞いても「チアーゴ・ネヴィスも呼ばれたんだよ!」と、ベガルタのチームメイトの話になる。
ね、今もベガルタ時代の頭に、すぐに戻っちゃうほど、ベガルタ愛でいっぱいなんです。
今でも、仙台には電話で話す友達がいるそうです。
震災の時も、本当に本当に心配して、電話やメールで連絡を取っていたって。
そして、今の仙台や、ベガルタのことも、インターネットでいつもチェックしていて、やっぱりよく知っていました。
そんな風に、プレーした年月の長短に関わらず、相思相愛になったクラブや街って、とっても大事なものとして、選手の心に刻まれるものなんだなぁと、しみじみ思ったものです。
というわけで、私の頭からも、しばらく、♪ボールジェス、ゴ~レ~♪(本人の発音のまま)が離れず、気付くと、歌っていたのでした!
写真は、サントスの定宿から見た景色。