「あっ、そういえば訊きたいことがあったんだ。柳田さんの『文学宣言』のときなにも言わなかったじゃないですか。ほら、ラノベっぽいのは駄目って言ったとき」
「ん? そうだったっけ? でも、それがどうかしたのか?」
「どうしたってこともないけど、ああやって出来上がったのにはラノベっぽいのが入ってるじゃないですか。それをどう思ってるのかなって気になったから」
「ああ、そういうことか。ま、とくにどうとも思ってないんだよ。だから、そんときもニヤついてたんだろ。それに高槻くんに任せときゃなんとかしてくれるって思ってたんだ。実際、横森のも堀田や川淵のもちょこっとヘビーくらいになったろ? 柳田のだって軽めの読み物って感じに落ち着いたもんな。文学だなんだっていったって変に深刻ぶる必要はないんだよ。要は最後まで楽しんで読めるかってのと、読んだ後になにか残るもんがあるかってことだ。それだけのことさ」
一息にそう言って、先生は肩を落とした。
「小説に関しちゃ俺の考えはいまの通りだ。それでな、亀井のことなんだが、あれ読んでどう思った?」
「どうって。――その、最初に思ったのはほんと馬鹿にしてるって感じで。だって、あれに出てるのってどう考えても私と結月だし。それに透けて見えるのが、こう、ほんと根性曲がりっぽくて。あれで書き直したってなら元はどうだったんだろうって」
「ふむ、そうか。落合はどう思った? 言えることだけでいいから聴かせてくれないか?」
「あれだったらまだいいです。細かいことが書いてなかったから」
立ちどまり、先生はじっと見つめてきた。辺りは暗くなっている。
「高槻くんに聴いたんだが、落合はああなる前のを渡されて読んだんだよな? 俺も詳しいことまでは知らなかったんだ。いや、知ったからってどうってことはない。なにも変わらんよ。――で、どうだ? あれだったら載せていいって思えるか? なに、ゲラ刷りの前に読んでもらうこともできたんだが高槻くんと話し合ってそうはしなかったんだ。いや、これは俺の責任だ。つらい思いをさせてすまないと思ってる。この通りだ。本当にすまなかった」
顎を引き、私は周囲を見まわした。未玖はハンカチを差し出してる。
「結月、許してあげられる?」
「うん」
「だって。ほら、こんなとこでおじさんが頭下げてるって変よ。もうやめてあげて。――だけど、あんなの載せなくていいんじゃない? 前にも言ったけど除名の上、部誌からも削除ってわけにはいかないの?」
「そういうわけにはいかんだろう。担任に聴いたんだが、ずっと部屋に籠もって親とも話していないらしい。どうしてそうなったかわからんがそういう状態らしいんだ。いや、書き直させる前のは悪くなかったからそれもあるんだろうな。それに関してなら理解できる部分はある。ただ、高槻くんが言ったように誰かを傷つけるようなもんは駄目だ。そんなのを書くこと自体が間違ってる」
立ち寄る場所があると言って先生は戻っていった。未玖はずっと腕をつかんでる。なにも言わなかったので私も黙っていた。改札を入るときに洗ってからハンカチを返すとだけ言った。
「そう? 別にいいけど。――あっ、そういえば、まだタオル返してなかったわ」
「え?」
「ほら、順子さんに借りたやつ。ね、なんだか、あの日が遠い昔みたいに思えない? ひと月くらい前のことだとは思えない」
ホームは混みあっていた。アナウンスが流れ、電車が入ってきた。
「明日も待ち合わせよう。先輩がいれば大丈夫だから」
「うん」
「なにかあったら連絡して。ラインでも電話でも」
ドアが閉まると私は奥へ向かった。話し声は断片だけが聞こえてる。それは意味あるもののはずなのに理解できなかった。
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