◇
文芸部は曖昧で、ぼんやりした、とりとめのない活動に戻っていた。ただ、全員が最終稿を出し終えていて、二学期はじめの活動日にはゲラ刷りしたものが用意されていた。
「うん、記念すべき百号の部誌は相当の出来栄えといっていいだろう。みんな短期間によく頑張った。俺は誇らしく思ってるぞ。――さ、読んでくれ。誤字や脱字がないかチェックするんだ。何度かやって問題無かったら印刷に回すからな。それとだな、変えたいとこがあったら早めに言ってくれよ。今月中には終わりにしたいからな」
紙を捲る音がしばらくつづいた。窓の外からはファンファーレが聞こえてる。風が吹き、廊下側へ抜けていった。
「三年はこれで引退ってわけだ。それを思うとちょっと寂しくもあるな。柳田、ありがとな。お前がみんなを引っ張ってくれたからこうしていいのができたんだ。加藤にも感謝してるぞ。もちろん横森にもだ。いや、三人ともほんと成長したよな。俺はいまでも入部したてのお前たちを憶えてるぞ。みんな身体も大きくなったし、文章も巧くなった。まったく見違えるほどだ」
柳田さんは顎を倒した。横森さんは伸ばした脚を振って返事の代わりにしたようだ。「あの、」と言って加藤さんは髪を耳にかけた。
「すこし黙っててもらえます? 集中して読めないんですけど」
「あ? ああ、ごめん。黙ってるから集中して読んでくれ」
それからは紙を捲る密やかな音と溜息に似た息づかいだけが聞こえていた。顔をあげると先生はうなずいてみせた。私は亀井くんの小説に目を通した。それは以前のものとだいぶ変わっていた。
校門を出ると大きな背中が見えた。腕をつかみ、未玖は走り出した。
「中原さんのご主人! もうお帰りですか? これから奥様とお月見です?」
振り返った顔には西陽があたってる。眼鏡も同じ色に輝いていた。
「あのな、篠田、その話はするな。頭の中から消去するんだ」
「残念だけどこれは消去できないわ。この夏休みにあった衝撃事件簿のひとつだもん。ほら、そろそろお月様が出るんじゃない? 愛を語りたくなるようなのがね」
先生は肩をすくめてる。歩くのはすこし速くなったようだ。
「ところで、どうだった? お前たちは初めてだろ。あんなふうに自分の書いたのが本になるってのは」
「うーん、なんていうか達成感が半端なく出ちゃうって感じかな。私は小説を書き終えたんだって激しく思ったもん。とはいっても、まったく満足してないけど」
「いや、だけどなかなかのものだったぞ。よくあんなの書けたな。一年であれだけ書けたらたいしたもんだ」
「昴平さんのおかげですよ。けっきょく最後までつきあってくれたし、どう書いたらいいかも教えてくれたから」
「ああ、お前たちはとくに高槻くんの世話になったようだな。ま、篠田が巻き込んだってことなんだろうけど」
「なんですか、それ。私、これでもけっこうな人見知りなんですよ。どっちかっていうと結月の方が、」
裾を引っ張ると笑いながら未玖は前を向いた。坂はそろそろ尽きる。
↓押していただけると、非常に、嬉しいです。
にほんブログ村
↓↓ 呪われた《僕》と霊などが《見える人》のコメディーホラー(?) ↓↓
《雑司ヶ谷に住む猫たちの写真集》