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私たちの関係はきっと脆くて、いつ壊れてもおかしくないものだったのだろう。でも、だからこそ求め合っていたのだ。不安になると私は電話をかけた。書きあげた詩を聴いてもらったこともあった。高槻さんはいつものように言葉の使い方を褒めてくれた。そして、このように言った。
「小説を書いてみたいとは思わないの?」
真円に近い月が出ていた。部屋は銀色がかった光に覆われ、伸ばした脚も同じ色に染まってみえた。胸を押さえ、私はゆっくり話した。
「その、書きたいって思うようになったんです。今のことを小説にしてみたいって」
「ああ、」
「駄目ですか?」
「いや、駄目じゃないよ。書き方にもよると思うけど」
「講義のとき言ってましたよね。もし自分のことを書くなら重要な動機を隠すって。そういうふうに書きたいって思ったんです」
雲が流れ、月あかりは消えた。私は胸元の百合を見つめていた。まるで魔法が尽きてしまったかのように辺りは黒ずんでみえた。高槻さんの声もくぐもっている。
「あのさ、何度も同じこと言ってるって思うだろうけど、人間が行動するのには幾つもの動機が絡んでるんだ。まあ、多くの人は『どうしてそんなことしたんだ?』と訊かれたら『なになにだから』って簡単にこたえるものだけど、本当はそうじゃない。――聴いてる?」
「はい、聴いてます」
「でね、これも何度も言ったことだけど、小説を書く者はそれじゃいけないんだよ。理解しやすい動機だけじゃなく、その他のものも用意しとかなきゃならない。だって、人間ってのはそういうものだからさ」
言葉は途切れた。耳を澄まし、私は聞こえてくるのを待った。そのあいだに部屋は輝きを取り戻していった。
「僕たちがこうなったのも複雑に絡み合った動機の結果なんだ。僕のだって一つじゃないし、君のもそうだろ? だから自分のことを書くならそれらを探らなくちゃならない。だけど、それはつらい仕事だよ。自らを痛めつけることになるし、おおげさでなく命を削る仕事になる」
「はい」
月を眺めながら私はそうとだけこたえた。息は止まり、その後で深く吐き出された。
「その声はもう決心してるものだな。どういう顔をしてるかだってわかるよ。ただ一度手をつけたら途中でやめるのはなしだよ。物語は最後の句点を置いた瞬間に全体としての意味が生じるんだ。だから、やりはじめたら終わらせなきゃならない。その覚悟はある?」
「あります。時間はかかると思うけど最後まで書いてみせます」
鼻を鳴らすような音が聞こえた。私だって高槻さんのしてる表情がわかった。
「そう言うと思った。そうこたえるだろうなってね。それに、どの動機を隠そうとしてるかもわかる。できるなら僕もそれを隠して欲しいんだ。こうなったのはそれだけが原因じゃないんだからね。僕たちはどんな状況にいたって、きっとこうなっていたんだよ」
私は百合を見つめていた。月あかりにそれは輝いている。声はすこし熱を帯びたものになった。
「底流として存在してる感情はそのままに、しかし、隠して書くんだ。冷淡に、自己を抑制しながらね。そうできるなら経験を書くのもけっして悪くない」
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