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「あら、また来たのね。まあ、立派な花束。白百合ね。純潔の象徴だわ。ところで、なにか食べるでしょ? ――大丈夫よ、そんな顔しなくたって。今日はあんなにたくさん盛らないから」
昌子さんは頬を歪めてる。床にあたる日はここで最初に見たのと明らかに違っていた。夏は弱まり、秋が近づいているのだ。
「それ、昴平ちゃんがもらったの? 今日で最後って言ってたもんね。それでもらってきたのね」
「そうなんですけど、もう一回だけ来てくれることになったんです」
「え?」
しかめた顔が突き出たとき高槻さんが戻ってきた。手には花瓶を持っている。
「ん? どうかした?」
「どうかしたかって、あんた、もう一回学校に行くってほんとなの?」
「ああ、そう。それでお願いがあるんだけど、」
「出てくれっていうんでしょ。いつなのよ?」
「次の土曜。まあ、母さんも戻ってるから大丈夫だろうけど、昌子さんがいてくれた方が心強いね」
「でしょうね。病み上がりってわけじゃなくても心配だもの。ま、いいでしょう。その代わりお給料はしっかりもらうからね。――ああ、いいわね、その花瓶。そういえば、お祖父ちゃんの絵にこういうのなかった? なんか見たことあるように思えるんだけど」
「あるよ。だから同じのを持ってきたんだ」
手を動かしながら昌子さんは目を細めてる。私は活けられた花を見ていた。
「この子のお祖父ちゃんは絵描きだったの。さほど有名ってわけじゃなかったけど、そりゃ素敵な絵をたくさん描いてたのよ」
「そうだったんですか」
「ま、ほんとまったく有名じゃない、っていうか、知らない人の方が断然多い絵描きだったけどね。それでも生まれた町の役場にはむちゃくちゃ大きなのがまだ飾ってあるよ」
「そうだったわね。あれのお披露目のときには私も行ったもんよ。目眩がするくらい遠くて、駅からバスでさらに奥地まで行って大変だったわ。あれは寄贈したんでしょ?」
「そうだったんじゃない? よくは知らないけど」
「そう聞いた気がするわ。まあ、そんな感じで絵だけじゃ食べていけないからって、お祖母ちゃんが喫茶店はじめたのよね。昴平ちゃんも小説で食べていけないようなら、奥さんになる人がお店やんなきゃならないかもね。――はい、できたわ。これくらいなら一人で食べられるでしょ?」
お皿にはこの前より少ない量が盛ってある。それでも一人で食べるのは難しそうだった。
「いや、まだ多いんじゃない? 相撲部のランチから柔道部のになったくらいだ」
「そう? まあ、残るようだったら、また昴平ちゃんに食べてもらいなさい。――ってことで、そろそろ帰ろうかしら。あとは一人でも平気でしょ?」
「うん。ありがとう。ほんといつも助かるよ」
「こういうのはお互い様ってやつよ。もし私が動けなくなったら昴平ちゃんにオムツ替えてもらうことになるかもしれないしね。そんときはお願いね」
エプロンを外し、昌子さんは後ろに立った。そうして、耳許に囁いてきた。
「結月ちゃんにも交換してもらうことになるかもね。そうなったらいいって思ってるんだけど」
私は首を引いた。その背中を叩いて昌子さんは出ていった。
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