◇
バッグを肩にかけ、未玖は見下ろしてきた。目は細くなっている。
「まさかの展開って感じだけど、結月にとってはいいことよね。もちろん私にもよ。もうちょっとで書き終わるんだし、最後まで見てもらえるならその方がいいもの。――って、まだ帰らないの?」
「帰るけど」
何人かは出ていった。辺りを見まわし、未玖は囁いてきた。
「まったく、どうしたって嫌な顔が目に入っちゃうわ。ね、泥亀には気をつけた方がいいわ。非常に悪い方向へ行ってる気がするもん。なんだろ、あれって。――そう、ほんとにナイフ隠し持ってそうな顔よ。思い詰めちゃって、なにしでかすかわからない顔」
私は肩をすくめた。潜めた声はつづいてる。
「あの二人はどっかで待ち合わせてんでしょ。でも、泥亀はあんたを待ち伏せようとしてんじゃない? ちらちら見てたからそうかもしれないわよ」
「待ち伏せてなにするっていうのよ」
「刺すのよ。ナイフでメッタメタに」
「どうして? なんで私が刺されなきゃならないの」
「かわいさ余ってってやつよ。それか、小説を読んでくれないのを恨んでね。――ところで、あんた、ほんとに読んでないの?」
ペンケースをしまいながら私は首を曲げた。亀井くんはこちらを見つめてる。ただ、次の瞬間に正面を向いた。
「ああ、亀井、ちょっと来てくれ。話しとかなきゃならないことがあるんだ」
細い背中は教卓へ向かっていった。そのあいだに私たちは外へ出た。
「昴平さん、ね、どうしたの? 泥亀はなに言われてんの?」
廊下には百合の香りが漂っている。光は眩しく、額を翳したくなるほどだった。
「ん? 書き直した方がいいって言ったろ? 亀井くんだけやってこなかったんだよ。話を進めさせただけでね」
「それで怒られてるんだ」
「いや、怒りはしないだろ。新井田さんはそういう人じゃないから。どうしてやらなかったか訊いてるんじゃないかな」
「うんと怒られりゃいいのに。だけど、ほんと悪い方へいってる気がするな。元からうじうじしてる奴だったけどさらにそうなってきた。でも、どうしてそうなったんだろ? そんなになるほどのことあった?」
「小説を書いてるとそうなる場合もあるんだよ。篠田さんにだっていろんな変化があったろ? 書いてると様々なことに気づく。それが実際の生活にも跳ね返ってくるんだ。ま、彼は希望を書こうとしてるから、その傾向がとくに強いんだろうね」
歩く方向へ影は伸びている。それは以前より短くなっていた。
「じゃ、もっと危なくなるってこと? だって、書き直さなかったのはそういうことじゃない?」
「いや、新井田さんに言われたらさすがに直すだろ。それに、そこまでの大きな変化にはならないよ。さっきのはちょっと大袈裟に言っただけだ」
「でも、気をつけた方がいいのはほんとですって。なにしでかすかわからない感じになってそうだから」
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