小説『stray sheep』先頭へ

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 バッグを肩にかけ、未玖は見下ろしてきた。目は細くなっている。

 

 

「まさかの展開って感じだけど、結月にとってはいいことよね。もちろん私にもよ。もうちょっとで書き終わるんだし、最後まで見てもらえるならその方がいいもの。――って、まだ帰らないの?」

 

 

「帰るけど」

 

 

 何人かは出ていった。辺りを見まわし、未玖は囁いてきた。

 

 

「まったく、どうしたって嫌な顔が目に入っちゃうわ。ね、泥亀には気をつけた方がいいわ。非常に悪い方向へ行ってる気がするもん。なんだろ、あれって。――そう、ほんとにナイフ隠し持ってそうな顔よ。思い詰めちゃって、なにしでかすかわからない顔」

 

 

 私は肩をすくめた。潜めた声はつづいてる。

 

 

「あの二人はどっかで待ち合わせてんでしょ。でも、泥亀はあんたを待ち伏せようとしてんじゃない? ちらちら見てたからそうかもしれないわよ」

 

 

「待ち伏せてなにするっていうのよ」

 

 

「刺すのよ。ナイフでメッタメタに」

 

 

「どうして? なんで私が刺されなきゃならないの」

 

 

「かわいさ余ってってやつよ。それか、小説を読んでくれないのを恨んでね。――ところで、あんた、ほんとに読んでないの?」

 

 

 ペンケースをしまいながら私は首を曲げた。亀井くんはこちらを見つめてる。ただ、次の瞬間に正面を向いた。

 

 

「ああ、亀井、ちょっと来てくれ。話しとかなきゃならないことがあるんだ」

 

 

 細い背中は教卓へ向かっていった。そのあいだに私たちは外へ出た。

 

 

 

 

「昴平さん、ね、どうしたの? 泥亀はなに言われてんの?」

 

 

 廊下には百合の香りが漂っている。光は眩しく、額を翳したくなるほどだった。

 

 

「ん? 書き直した方がいいって言ったろ? 亀井くんだけやってこなかったんだよ。話を進めさせただけでね」

 

 

「それで怒られてるんだ」

 

 

「いや、怒りはしないだろ。新井田さんはそういう人じゃないから。どうしてやらなかったか訊いてるんじゃないかな」

 

 

「うんと怒られりゃいいのに。だけど、ほんと悪い方へいってる気がするな。元からうじうじしてる奴だったけどさらにそうなってきた。でも、どうしてそうなったんだろ? そんなになるほどのことあった?」

 

 

「小説を書いてるとそうなる場合もあるんだよ。篠田さんにだっていろんな変化があったろ? 書いてると様々なことに気づく。それが実際の生活にも跳ね返ってくるんだ。ま、彼は希望を書こうとしてるから、その傾向がとくに強いんだろうね」

 

 

 歩く方向へ影は伸びている。それは以前より短くなっていた。

 

 

「じゃ、もっと危なくなるってこと? だって、書き直さなかったのはそういうことじゃない?」

 

 

「いや、新井田さんに言われたらさすがに直すだろ。それに、そこまでの大きな変化にはならないよ。さっきのはちょっと大袈裟に言っただけだ」

 

 

「でも、気をつけた方がいいのはほんとですって。なにしでかすかわからない感じになってそうだから」

 

 


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《雑司ヶ谷に住む猫たちの写真集》

 

 

雑司ヶ谷近辺に住む(あるいは
住んでいた)猫たちの写真集です。

 

ただ、
写真だけ並べても面白くないかなと考え
何匹かの猫にはしゃべってもらってもいます。

 

なにも考えずにさらさらと見ていけるので
暇つぶしにどうぞ。