「というところで終わりにしましょう。これで本当に終わりです。――いや、考えていたのより時間をとりましたね。新井田さん、どうしましょう? そろそろ時間になりますが、みなさんの書いたのまでたどり着けませんでした」
「そうだなぁ、これから全員分やったら相当な時間オーバーになっちゃうもんな。それに腹も減ってきたとこだし」
立ち上がり、先生は腕を組んだ。目は忙しなく動いてる。
「ん? そうだ! もう一回だけ来てもらうってのはどうだ? いや、ほんとは引き継ぎして終わりってことだったんだが、さすがにそんな時間はないだろう。――なんだ、お前ら、実にそうしてもらいたいって顔してんぞ。しかし、締め切りまであと少しだし、放置してた俺よりかは高槻くんが関わってくれた方がいいもんな。ということで、俺たちの方針は決まったわけだ」
高槻さんは肩を落としてる。瞳の色は薄くなっていた。
「そういうのはまず僕の都合から訊くのが正常な手続きなんじゃないですか?」
「一般的にはそうだね。しかし、予定が狂ったのは俺のせいじゃない。ほんと素晴らしい講義だったが、こいつらの書いたのまで手が回らなくなったのも事実だ」
「まあ、そうですけどね」
全員が交互に顔を向けている。先生はすこしだけ真面目ぶった表情をしていた。
「どうなんだ? ほら、お母さんは」
「いえ、そっちは大丈夫です。明後日には戻ってくるし、店を任せられる人もいるんでね」
「次の土曜、十時から昼まで。それくらいならなんとかなるか?」
「わかりましたよ。来ます。そうするしかないようですしね」
「よし、じゃあ決まりだ。よかったな、もう一回だけ来てくれるとよ。これでお前らの書いたのもなんとかなるだろ。しかし、さっとだけは言っとくぞ。まずは柳田からだな。全体的にいい出来だとは思うが気になる部分があった。――っと、ここだ。『佐伯は振り返りざまに大声を出した。「わかった、わかったぞ、そういうことか、そういうことだったのか」』ってとこだ。ここが気になったんだよな。こうなるには早過ぎるように思えるんだ。柳田、俺の言ってることわかるか?」
それからしばらく先生は問題点を指摘していった。そのあいだ未玖は何度も足を蹴ってきた。
「ってとこだな。ま、いま言った部分をもう一度よく考えて完成させてくれ。だが、ほとんどの者が腕を上げたようだな。これは高槻くんのおかげだろう。ほんと素晴らしいよ。ああ、そういえば、ほぼ全員が書き直しをしたようだな。それもよかったんだろう」
紙を揃えながら先生は首を巡らせている。目は最後に亀井くんへ向けられた。
「よし、今日はこれで終わりにしよう。加藤、さっき話した通りだからちょっと妙なことになったが、あれを持ってきてくれ」
「はい」
すっと立ち、加藤さんは教室を出ていった。高槻さんは首を伸ばしてる。
「なんです?」
「いいから、いいから。こういうのも必要なんだよ。俺のウイスキーと同じことだ」
「はあ」
ドアがひらき、加藤さんがあらわれた。胸には白い百合の花束を抱えてる。
「今日で最後のはずだったからな、ま、セレモニーってことだ。いや、加藤がどうしても感謝を示したいって言うんで、だったら百合がいいだろって教えといたんだ。漱石も好きだった白百合だ。ほら、みんな拍手しろ。――うん、そうだ。気持ちってのはこうやって形にした方がいいんだぞ」
拍手の中で高槻さんは花束を受け取った。そのときには薄い笑顔に戻していた。
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