未玖は腕をつかんできた。目許はゆるみまくってる。
「ね、またまたなんかあったんでしょ?」
「え? 別になにもないけど」
「ほんと? そうは見えないけどな。結月もそうだし、昴平さんもちょっと変な感じがしたんだけど。ほら、質問返しみたいなのしてたじゃない。いつものあんただったらあんなことしないでしょうし、そんときの昴平さんも変な感じだった」
蝉の声は近くに聞こえてる。先を行く背中を見ながら私はこうとだけ言ってみた。
「あ、そうだ。あのね、順子さん入院してるの」
「え? なんで? どうしちゃったの?」
私は聴いただけのことを話した。その日にあったことや、これからのことは言わなかった。どうなるか想像もできなかったのだ。
「そうなの」
腕を組み、未玖はしばらく黙った。大きくひらいた窓からは風が吹き抜けている。
「ね、お見舞いに行った方がいいのかな」
「どうだろう。でも、高槻さんは定期的な検査みたいなものだって言ってたから、――って、なによ?」
「ううん。そう呼ぶようになったんだって思って。こりゃ、なにかあったとしか思えないわ。ま、だったらお見舞いに行くにしたって結月だけの方がいいかもね。お邪魔なのがいたら効果が減っちゃうってもんでしょ」
「効果ってなによ」
「ほら、順子さんとも仲良くしといた方がいいでしょ。私も先輩のお母さんと仲良しよ。まあ、ちょっと面倒に思うこともあるけどしょうがないじゃない。それこそ邪魔されたらもっと面倒だもん。だけど、ほんとに大丈夫なのかなぁ。順子さんってすっごく痩せてるからそういうの聴くと心配になっちゃうな」
風は乾いてきたようだ。日もわずかながら弱さを感じさせた。未玖は立ちどまり、「あそこにも邪魔なのがいたわ」と囁いてきた。
「なに? そうやって待ち伏せしてたの? そういうのって気色悪いわよ」
亀井くんは首を突き出してる。未玖の声は耳に入っていないようだった。
「まだ読んでくれてないのか?」
「は?」
「なあ、まだ読んでないのか?」
「なに言ってんの? なんなのよ、結月にラブレターでも渡したっていうの?」
「違うよ。小説を渡したんだ。――な、まだ読んでないのか?」
「はあ? なにかと思ったらそんなこと? そんなのもうすぐ部誌になるんだから後でもいいじゃない。ね、あんたがずっとしつこくしてたのって自分が書いたの読んでもらいたかったってことなの?」
「違うよ。それだけじゃない」
「それだけじゃないって、どういうことよ」
その声は突然小さくなった。そのとき「ん? どうした?」という声が聞こえてきた。
「一年同士で揉めてるのか? なにがあった?」
「別になんでもありません。揉めてるとかじゃないんで」
「そうかぁ? 篠田の声は上まで響いてたぞ。――ま、しかし、揉めてるんじゃないならいいだろ。さ、戻るぞ。もう時間だ」
新井田先生は教室へ向かった。亀井くんは目を細めてる。それは見覚えのある目つきだった。
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