― 5 ―
改札を出ると、あまり見たことのない表情で未玖が立っていた。
「どうかしたの?」
「ちょっとね」
外は風が強かった。台風が近づいているのだ。予報では午後から激しい雨になると言っていた。
「どうしたのよ。めずらしいくらい元気ないじゃない。なにかあったの?」
「ん、ちょっと悩ましいことができちゃって」
「悩ましいこと?」
「うん。昨日の夜にね、電話がかかってきたの。誰なのかわからなくってどうしようって思ったんだけど、しょうがないから出たのね」
「誰から?」
「うーん、誰って言われちゃうとなぁ」
「で、誰なの?」
「半田先輩。ほら、バスケ部の」
「ああ、あの人。でも、どうして電話してきたの?」
未玖は顔を向けてきた。眉はひそめているものの瞳はすっきりしてる。
「そういうこと?」
「そういうこと」
「なんだ。じゃあ、いいことなんじゃない。そんな顔してるから悪い話なのかと思った」
「なんだじゃないわよ。私はひどく悩んじゃってるの」
傘を突きながら未玖は歩いた。風に髪は靡いてる。
「まったくほんと急すぎるわ。前から気になってたんだとか言ってきたのよ。でね、明日映画に行かないかって言うの。明日よ、明日。どうすりゃいいっていうの? ねえ、金曜の一時過ぎに電話してきて日曜に誘うって誰かの代打に決まってるじゃない。そういうのってちょっと馬鹿にしてるって思わない?」
我慢しきれずに私は笑いだしてしまった。未玖は口を尖らせてる。
「で、どうするつもり?」
「どうしたって思う?」
「行くって言ったんでしょ?」
「うん、当たってる。さすがは結月ね。私の行動パターンを知り尽くしてるわ」
雲は低く垂れこめ、重く下がった部分は黒くさえみえた。校門の内側も強い風に覆われている。
「ね、これから話すのはごく真面目なことなの。そういうつもりで聴いてくれる?」
「いいわよ」
「あのね、もしかしたらだけど映画の後でそういうとこ行って、そういうことするかもしれないじゃない。向こうがそういうのを求めてくるかもってことよ」
「それで悩んでるってこと?」
「ま、それだけじゃないけど、それが一番悩ましいのよ」
「考えすぎなんじゃない? 映画に誘われたってだけでしょ」
「ううん、半田先輩ならそこまでしてくるかもしれないわ。相当だって噂を聴いてるもん。まあ、あれだけ格好いいんだからそうなっちゃうんだろうけど」
「嫌なら無理にはしないでしょ。ほんと考えすぎよ」
校舎は薄暗く、湿気に窓は霞んでる。未玖は溜息をついた。
「考え過ぎちゃってるのはわかってる。でも、先輩はオスとして求めてるってことでしょ? だったら、私もメスとして考えなきゃならないわ。別にしたっていいの。ちょうどいいタイミングでもあるしね」
「ちょうどいいタイミング?」
「ほら、経験しときたいのよ、愛欲小説のためにも。半田先輩とならしてもいいって思ってるの」
未玖はじっと見つめてきた。頬はわずかに震えてる。
「そんなに焦ることないんじゃない? 私はそう思うけど。それにほんと考えすぎなのよ」
「だけど、そういうのって好きって気持ちがあればいつかは起こることでしょ。恋愛の延長線上にそれは絶対あるわ」
↓押していただけると、非常に、嬉しいです。
にほんブログ村
↓↓ 呪われた《僕》と霊などが《見える人》のコメディーホラー(?) ↓↓
《雑司ヶ谷に住む猫たちの写真集》