流れ落ちる水が刀身を洗う。レイラは再び駆け出した。駆けながら刀を一振りする。細かい雫が孤を描いて飛び散った。立ち止まり、ウエストポーチから白い布を取り出して刀身を撫でる。その布を下に落とすと、今度は左の手の平に刀を当てた。
「?…レイラさん?」
レイラはためらうことなく、刀を引く。レイラの手の平に血がにじんだ。その血を、周到に刀身に塗り付ける。
ヒュン、と空気を切る音がする。タクトは文子を庇いながら、目を見開いてその光景を見た。レイラが頭上に刀を持ち上げ、カマキリのいる方向に振っているのだ。数回刀を振ると、騎乗用昆虫がうろたえたような表情で後ずさり始める。
ほぼ同じタイミングで、カマキリの動きがぴたりと止まった。触覚をせわしなく動かし、ゆっくりと方向転換する。元いた下枝に体を落ち着け、地上を覗き込む。
「そうだ、来い!お前の好きな血の臭いだろ。そこから飛べ!」
レイラの声に反応するかのように、カマキリが羽を広げた。
「今だ、鎌を狙え」
滞空時間中、カマキリの体は無防備だ。前脚を横に広げた状態で、ゆっくりと落ちて来る。その前脚の関節を、下にいる2人が狙いすまして撃った。
鎌の部分を失った状態で着地したカマキリは、バランスを崩し頭部を地面に打ち付けた。
その胸部を、レイラの足が踏みつける。頭と胸の境目に、強く刀を差し込んだ。それでも生きようとあがく中脚と後脚を、クリスとナオミが淡々と撃ち落とす。
ほとんど動かなくなったカマキリの様子を確かめながら、タクトは木の根元に向かって走り寄った。
「兄ちゃーん!」
木から降りてきたガクが、タクトに飛びついた。
「怖かったよお、死ぬかと思った」
タクトは片膝をつき、ガクを抱きしめながら頭を撫でる。文子が、とぼとぼと歩いて仕方なさそうにこちらに来た。
「不甲斐ない兄ちゃんでごめんな。絶対にお前のこと、守るって決めてたのに」
「そんなことないよ兄ちゃん。逃げ方教えてくれたもの」
ひしと抱き合いながら目に涙を溜める兄弟を、文子は煩わしそうに横目で見た。
「ナオミ、ちょっと手伝ってくれ」
不意にレイラが大きな声で言う。右手で左の手の平を強く押さえている様子だ。
「まだ血が止まらないんだ。悪いが、ポーチから包帯を出して巻いてくれ」
「分かりました」
ナオミが慌ててトロットから滑り降り、レイラの懐に近付こうとする。と、横から文子が間に入り手で静止した。
〈おまけ〉
カマキリは、嗅覚も聴覚も視覚もすぐれたハンターなのだそうです。よく見たら、触角がすごく長くてにおいを感知するのが得意そうなんですよね。目も複眼が大きく、視界が広いのだろうと感じがします。
聴覚も、16万ヘルツまで聞こえるのだそうです。人間は2万ヘルツまでということらしいので、人間が聞き取れない超音波も余裕ってことですね。
ただし、体が大きくなると鼓膜みたいなやつが振動しにくくなり音が聞こえにくくなるとか。あくまでこれは体の各部位が均等に大きくなったら、の話なので特殊なゲノム編集などをおこなった人工変異種の場合は少し違うかもしれません。
カマキリ大好きなんですけどカマキリの画像ばかりあげるのも飽きられそうなので、新キャラの富士峰文子の全身イメージ画像をあげておきます。ケープが長く、たすきがけしたバッグがポイント。多少身動きがとりづらそうな感じもしますね。
「インセクト・パラダイス」は完全フィクションの小説です。
毎週木曜日に更新予定です!
続きはこちら
はじめから読みたい人はこちら
