顔を上げた文子の目に、迷いはないように見えた。おそらくレイラ達からターコイズ・プラネットの事業内容を聞き、納得したのだろう。

 

「やったあ!これで本当にボク達と一緒に働けるんだね。よろしくねアヤ姉」

ガクは椅子から身を乗り出して文子の方に顔を近付ける。

「改めて、よろしくお願いします。こいつ、ちょっと馴れ馴れしいけど許してやってください。年の離れた弟みたいに思ってもらえると助かります」

タクトはガクを軽く見やってそう付け加えた。文子の顔がわずかに曇る。

「あ、無理にってわけじゃないですけど」

文子の機嫌を損ねたと思い、タクトは慌てて打ち消した。

 

「それは良かった。アヤコ、これからよろしくお頼み申す」

セルウィンと目が合った文子は呼び捨てになったことに気付いたのか、かすかに顔を赤らめた。

「仲間となったということで、一つ聞いてもよろしいか」

セルウィンが続ける。

「そこの大仰な入れ物には、何が入っておるのだ。薬品かとも思ったのだが、それは別に持っておったな。高価な医療器具か何かであろうか」

 

セルウィンの視線が示す先には、文子が肩にかけていたバッグのひもがあった。枕元にバッグを置いているようだが、その上から布団の端をかぶせてある。意図的に隠そうとしているように感じられた。

文子の顔に逡巡の色が見えたが、やがて腹を括ったかのように立ち上がる。布団をどけると、そこには先ほど斜めがけしていたバッグがあった。銀色のジュラルミンケースのような見た目だが、取っ手はなく代わりに太めのひもがついていたのだ。

 

金具を外し蓋を開けると、中には白い樹脂製の箱がぴっちり収まっている。わずかに透明感のあるその容器から、緑色のものが入っているような雰囲気が見てとれた。

「アオキンアゲハの蛹や」

文子が言うと、ガクが跳び上がる。

「ええっ、本当?」

ガクが覗き込むので、文子は迷惑そうにそれを少し遠ざけた。

「本当だと思うよ。ほら、蓋の後ろに印字されてる。ラテン語だね。アオキンアゲハの学名だよ、これ。会社の電子署名もついてるし、偽物とは考えにくいね」

近付いたクリスが指さした先には、印刷された紙が貼り付けてあった。何が書いているのかはよく分からないが、こじゃれた横文字が並んでいた。

 

「野生のものを捕獲したのか?」

レイラが聞く。

「せや、産卵した木から卵を採取して育てたもんや」

文子は容器の蓋を薄く開いた。

 

 

 

 

 

〈おまけ〉

アゲハチョウなどのチョウを育てて羽化まで見届けたいなら、卵から育てるのが断然おすすめです。

小学生の頃、モンシロチョウの飼育をしたことがありました。校内の中庭に菜の花が咲いていて、そこにアオムシがたくさんつくのでそれをつかまえて飼っていたのです。

でもほとんど羽化はしませんでした。蛹にはなるのですが、その後死んでしまうのです。先生がアオムシコバチのせいだと教えてくれました。幼虫のうちに針を刺して産卵し、体の中で成長して蛹になった頃に寄生したアオムシを殺してしまうのだそうです。

 

 

というわけで、アゲハチョウはたまたま見つけた1ミリくらいの卵を持ち帰り孵化させて、大事に育ててみました。無事に大きく育ち、蛹になろうとしています。きゅっと体が縮むのが不思議です。

 

 

蛹になったばかりの頃。少し遠くからおそるおそる撮影。触るのとか怖かったですからね。

 

 

数日たつと、明らかに色が変わります。羽化する準備が整ったようです。羽の色が透けているのですね。

これがどんなふうに羽化するかは、また今度。

 

 

 

 

「インセクト・パラダイス」は完全フィクションの小説です。

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