「先には行かせないわ!部下の分際でえ!」
ヒナタの目は血走り、ポニーテールの髪は激しく乱れている。なんとなく、顔つきまで違って見えた。汗で化粧が崩れているのが大きいが、タクトにはそこまでは分からない。
―金の亡者って感じだ。いつも温厚なヒナタさんが…怖い…―
タクトは背中にゾクゾクするものを感じながらも、ペースを緩めず走り続けた。
ヒナタが叫ぶので、カイトはタクトの存在に気付いたらしい。さっきは小走りだったはずなのに、今は本気で走っている。小屋に続く階段で否が応でもペースが乱れるので、そこまでには向こうを抜かさなくてはならない。
―足の速さならオレが上だ。多分、オレの方が先に着く―
タクトは冷静にそう分析しながらも、ギリギリまでギアを上げた。
自分が速く走れば走るほど、周囲の景色は止まって見える。あちこちで聞こえていたヒグラシの声も、今はもうかすかにしか届かなくなっていた。そうして気が付くと、タクトの足は小屋の前の階段の間際まで迫っていた。カイトはまだ、タクトより5メートルほど後ろを走っている。
―勝てる!―
タクトは最初の段に足をかけた。その時だった。
「待ちなさい!」
荒い息遣いの下で、ヒナタがそう言うのが聞こえた。振り返る余裕はないが、割と近くにいるらしい。カイトよりは、やや後ろだろうか。
階段は、上り始めると思ったより長く感じる。と同時に、カイトも階段の下の方に辿り着いたのを感じた。足音が変わったからである。
カイトの足音は、自分のものに比べるとテンポが遅い。それなのになぜか、音が近付いている気がした。
―しまった、一段飛ばしか!―
カイトは瞬発力では劣るが足の長さは負けていない。それを生かして、階段を一段抜かして上がっていることに気付いたのだ。一歩一歩の間隔は長いが、小股で駆け上がるよりスピードが速い。
瞬時にタクトも一段飛ばしに切り替える。まだ勝算はある。近付いている足音が、少し離れたようにも感じられた。
階段のふもとにヒナタが辿り着いたらしい。ヒナタの方は、一段ずつ細かく刻んで駆け上がっているようである。
「はあ、はあ、はあ、ま…待ちなさ……」
そのあと急にどさっと何かが倒れる音。同時に何かがカンカンと大きな音を立てて転がり落ちる。
「えっ?ヒナタさん?」
タクトは思わず振り返った。
〈おまけ〉
階段駆け上り競走みたいになってきましたね。簡易事務室が高台に作られているからこうなっています。単純に、見晴らしのいい場所を選んで建てたんでしょうね。
階段を駆け上がるのって結構体力を消耗します。カイトのように一段飛ばしでいくほうが、案外楽なこともありますよ。
我が家の近く、海ではなく山が多いので階段がたくさんあります。この階段はそこそこ急でしかも長いから大変ですね。子ども達はもう慣れたもので、ぼんやりするとどんどん先に行ってしまいます。
「インセクト・パラダイス」は完全フィクションの小説です。
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あらすじ
※8/13はお盆のため小説の更新をお休みします。
