「ヒナタさん、今回行く智那市(ちなし)ってどんなところですか」
信号待ちになったのを見計らって、後部座席のタクトが聞く。
「何て言えばいいのかしら。少し南にある、高い山の多い場所。最近、開発が進んでるって聞くわ」
ヒナタは変わらない信号を見つめたまま答える。助手席のレイラが、スマートフォンを素早く操作した。
「これだよ。智那市のホームページ。観光情報が多いな。ここに、リゾート開発の告知もある」
レイラが言いながら、画面をゆっくりスクロールして見せた。白っぽい岩の間を流れる清流の写真や、山間にあるらしきカフェの写真などが現れる。
「へえ。旅行に来る人、多そうですね」
「まあそれが大きな収入源だからな」
ガクは隣で大きなあくびをしている。早くも車に酔ったようだ。
気持ち悪さのあまり、ガクがタクトに半ば寄りかかるように頭をもたせかけ始めた頃、ヒナタが言う。
「もうすぐ着くわよ」
ヒナタは車の窓ガラスを開けてくれていたが、入ってくるのは生ぬるい風だった。ガクはけだるそうに薄目を開く。
でこぼこした、砂利だらけの駐車場に車が停まる。よろよろと外に出たガクは大きく深呼吸した。
―死ぬかと思った―
そう思いながらも、言葉は出ない。タクトはガクの体をさすってやる。
「山ってほどの山ではないけど、本当に木が多いですね」
さすりながら、タクトが言った。
「そうね。だからカミキリムシがいるのよ」
ヒナタが説明する。
「カミキリムシには生きた木を好むものと、枯れ木を好むものの両方がいるわ。今回の調査対象はシロスジカミキリ。生きた木が好きな方ね。カミキリムシの中でも、体の大きい種類だから見つけやすいはずよ」
「それを数えるんですか?」
「そういうこと。エリアにわけて、ひたすらカウントね。カウンターを渡すわ」
そう言って、手のひらにおさまるほどの小さなカウンターを、ヒナタが配って回る。特にハイテクでもない、昔ながらのカウンターのようだ。
ガクも車のボンネットにもたれたままカウンターを受け取った。
「珍しいカミキリムシもいるのかなあ?」
手の平の中のカウンターをもてあそびながら、ガクが問う。
「きっといると思うわよ。ここはカミキリムシが好きな大人達が、ひそかに穴場とたたえるスポットなの。マニア御用達ってとこ」
「へえ、楽しみ!」
曇っていたガクの目に、好奇心の光が灯った。
〈おまけ〉
シロスジカミキリは、カミキリムシの中でも大きな種類で、結構目立ちます。
体が大きいし、触角は長いし、目がぎょろっと大きくて何か強そうな感じがする昆虫。
顎が丈夫で力強く、以前従兄がそのへんで捕まえたシロスジカミキリにノートの端をかませて切らせていました。そうして遊んでいたら怒らせたらしく、思いきり指をかまれて出血していました。こんな姿の昆虫です。
ただし、カミキリムシの名前の由来は「紙切り虫」でも「咬み切り虫」でもありません、「髪切り虫」です。髪の毛切れるんですね。
ちなみにシロスジカミキリは、生きたものを見ると白い筋ではなく黄色い筋が見えます。死ぬと白くなるらしいですね。
「インセクト・パラダイス」は完全フィクションの小説です。
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あらすじ
