「これは、ボクの初めての恋かもしれない」
ベッドにうつぶせになったまま、半ば顔を枕にうずめてガクが言う。
「どこが初恋なんだよ。さんざん女の子追っかけ回してたろ、今まで」
あきれたようにタクトが言った。
「追っかけ回してなんかいないよ。ただ興味があっただけだもん」
「やれやれだな」
さっきからガクが話しているのは、先日の仕事で出会った文子のことだ。ガクはすっかり文子に夢中らしい。
「そう言えばアヤコさん、そろそろ初出勤って聞いたな。もうこの国には来ていて、オンラインで研修受けてるらしいし」
「なんだってえ!?」
ガクはがばと跳ね起きる。
「もうこの国にいるなんて知らなかったよ。ああ幸せだなあ、もう遠距離恋愛じゃないんだ」
「ちょっと意味合いが違うけどな」
結局ガクは、やれ研究授業がとかやれ運動会練習がとか、学校行事にかこつけて曽利国(そりこく)に居すわろうとする姿勢を崩さなかった。タクトの所属する生態調査班も、年末に向けて資料の作成でてんやわんやである。年内にここを離れるのは諦めざるをえなかった。
文子の初出勤日がやって来た。医療班の1室で怪我人や急病人の手当てをするのが、彼女のさしあたっての業務である。
「あ、いたいた。元気そうだね」
ひょいとクリスが顔を覗かせる。文子は振り向くこともなく社員の擦り傷の汚れを洗い、脱脂綿で水気を吸い取っていた。
「なんや。初日早々忙しいんやけど、うちは」
素早く絆創膏を貼り、ようやく文子はクリスを一瞥する。
「そっか。ちょっと顔を見たくてね。すぐ帰るよ、ごめん」
クリスはそう言って手当てを受けていた社員にも軽く会釈し、ドアに手をかける。
「あ、そうそう」
思い出したようにクリスは、背側に隠していた花を見せた。
「サーヤの騎乗訓練中に見つけたんだ。ほら、診療室って殺風景だろ?飾るといいよ」
そう言いながら、空いているデスクのすみに秋の野花を置いて去っていく。
「なんですって……!」
同じ頃、生態調査班ではヒナタが震えていた。
「クリス様が、手に花束を持って、医療班のエリアに行くのが目撃されたですって。花束ってどういうこと?誰かにもらったの?それともあげるの?ああ気になって仕事が手につかないわ!」
「頼むから仕事してください、ヒナタさん」
「そういえば社内メールで、『医療班に富士峰文子って女が配属された』ってあったわね」
〈おまけ〉
三角関係だか四角関係だかもはやわかりませんが、文子の登場で恋愛模様が一気にややこしくなりましたね。
クリスはずいぶん行動が早いです。騎乗訓練中に見つけたと言っていた花も、もしかしたら花屋であらかじめ注文しておいていたかもしれませんからね。
そもそも亜熱帯の曽利国にたくさん秋の野花があるかというと、ちょっとあやしいのです。
文子は医療班に配属されました。ここは社員の体調管理を主に扱う部署。健康診断、保健指導、急病人や怪我人の処置などが主な任務。外回りの社員は怪我をすることが多いため、重要度の高い部署ですよ。
社内では、特徴的なケープが邪魔なので脱いでいます。下はこんな感じの服。もうちょっとヒラヒラさせた方が可愛いかなとは思いますが、実用性重視でこのデザインになりました。袖が絞られているので、まくり上げるのも簡単らしいです。
手当をする時は、白衣を羽織っておこなうみたいですよ。
「インセクト・パラダイス」は完全フィクションの小説です。
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