「それで、父親は元気だったのか?」
行きつけのカフェで、カイトがガパオライスをスプーンですくいながら尋ねた。
「ええ。健康そのものでした」
タクトが答える。
「カイ兄も元気そうでよかったよ」
ガクは頬杖をつきながら、愛おしそうにカイトの食事を見守っている。カイトはきまり悪そうにガパオライスを咀嚼し、手元に置いていたミルクを口に流し込んだ。
「熱中症ってタチ悪いですよね。無理してませんか?」
今度はタクトが言う。
「大丈夫だ。残暑が厳しいうちは、内勤に専念することにしたから。お前達のお守りができないのは残念だがな」
カイトは皮肉たっぷりに少し笑う。
あの後、半ば強引にケンジを伊女国(いめこく)の支社に連れて行き、必要な手続きを頼んだ後すぐ戻って来たのだ。深夜の便に乗ったので仮眠しかとれず寝不足だが、カイトに呼び出され昼食をとることになったのである。
スプーンの先でしばらくガパオライスを混ぜていたカイトだったが、ふと思い出したように言った。
「お前達の母親には連絡したのか?」
「ロインにメッセージ入れたんですが既読がつかなくて。最近新しいスマホ買ったばかりなんで、気付いてないんでしょうきっと」
タクトが少し困った顔で答える。
「寝てるんじゃない?まだ体きついんでしょ」
ガクはそう言うと、軽くあくびをした。
「お前も眠りそうだぞ」
「しょうがないよ、頑張って朝学校行ったんだもん」
「やれやれ。のんきだな、相変わらず。今こっちは大変だぞ」
カイトがかたわらに畳んでいた新聞に目を落とした。
「ああ、アプリコット・ツリー・プロジェクトが倒産したとかなんとか」
「そっちも騒いでいるが、今度は粉飾決算だ」
カイトが新聞を手に取り、紙面を見せた。確かに、「粉飾決算」という文字が黒々と踊っている。
「セイシュン化粧品?聞き慣れない名前ですね」
星という字に瞬間の瞬。青春とかけているのだろうか。
「この国では有名だ。化粧品会社が粉飾……冗談にもほどがある」
カイトは相変わらず辛辣だ。
「まあいい。詳しい話が聞きたかっただけだしな。必要な報告は朝やったんだろ。今日は帰って休め。急ぐ仕事もない。システム入力は俺がしといてやる」
「あ、はい」
タクトは立ち上がって頭を下げる。
―なんだかんだで優しいというか…。でもそれ言ったら怒るんだろうな―
帰り道、タクトの携帯が鳴る。画面には「母さん」と表示されていた。
〈おまけ〉
父親を見つけ出したノリナガ兄弟、無事に曽利国(そりこく)に戻ってきました。
ケンジが隠れ住んでいた伊女国は、曽利国とは海を隔てた現在の中国地方。ちなみに曽利国は九州地方にあたります。一応基本設定なのですが、もはや誰も覚えていない気がするので書いておきました。
というのも舞台は約250年後の日本列島で、日本という国は消滅しているからです。その代わりに、細かく分かれたいくつかの国が存在するという形なのですよ。
なぜ国が分かれたのかというと、一言では説明できないですね。気候変動、戦争、移民流入などいくつかの要因が絡み合ってそうなったらしいです。
さて久しぶりの登場となったカイト。熱中症でダウンしてしばらく出てきませんでしたよね。何とか職場復帰はできたみたいです。韓国人と日本人の血が半々くらいに入っていて、好物はキムチなどの辛いもの。苦手なのはコーヒーです。
というわけで、カフェではガパオライスを食べてもらいました。タイ料理らしいですよ。バジルや香辛料を使って作るらしいんですが、我が家では無印良品のガパオライスの素使って作っちゃいますね。おいしいですよ。おすすめです。
「インセクト・パラダイス」は完全フィクションの小説です。
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