「はあーあ、やれやれ」

荷物を背負って歩くガクの顔には、早くも疲れがにじんでいる。

「まだ船酔いか?」

タクトが少し振り返って聞いた。

 

「入国?なんとかって面倒くさいねー。なんであれこれ聞くんだろ」

「入国審査。お前後ろにくっついていただけで一言も話してないくせに」

「いーや、『はい』とか言ったもん」

ガクは改めて周りをキョロキョロと見回した。

 

「なんか、いろんな国の人がいるっぽいねー。旧日本国人らしいのがほとんどいないよ?」

「曽利国(そりこく)は移民の国だからな」

 

一歩街に入っただけで、異様なムードをタクトは感じていた。

自然豊かな波都国(はとこく)とは根本的に違う、国の風というものがあるのだろう。

頬がひりつくように感じるのは、決して高い気温のせいだけではないはずだ。

 

「ねえ兄ちゃん。ねえってば」

「…ん?」

「これからどうするの?」

「とりあえず、役所に行く」

「歩くの?」

「まあな」

 

しばらく無言で歩いていたが、ふと思い出したようにガクが言った。

「お父さん、確か難しい研究してるんだよね」

「ああ、遺伝子の研究だ」

兄のタクトは横目でガクを見ながら答えた。遺伝子、という言葉がよくわかっていない様子を見てつけ加える。

 

「命の設計図みたいなもんだよ。父さんは、特に昆虫の遺伝子変異のメカニズムを研究してる」

「いいなあ、お父さん毎日昆虫と一緒で」

「遊びじゃないんだぞ」

タクトはあきれて言った。

 

「ボク、大人になったらお父さんみたいな研究者になるんだ。いっぱい育ててさ。んで、昔からいた日本の虫達がのびのびと暮らせる場所を作りたい」

ガクは亜熱帯の空を見上げて言う。希望に満ちた瞳を、少しさめた目で見るタクト。

「在来種の保護区、ってところか」

「難しい言い方するよね?いつも兄ちゃんは」

ガクは少しふくれている。

「もしくは『昆虫の楽園』かな」

 

タクトはぴたりと足を止めた。

目の前の大きな建物を指さす。

「多分あれだな、市役所は」

 

 

 

 

 

〈おまけ〉

今回、短くてすみません。

キリのいいところで分けたらたまたまこうなりました。

今回兄弟達2人が上陸した曽利国は、今の九州。

気候変動で亜熱帯気候になったり移民が増えたりして、だいぶ雰囲気が変わっているようですね。

 

ガクとタクトの父親であるケンジの情報を少し出しておきました。

研究者らしいですね。

ケンジにはまだ会えていないので、母親コトのイラストを出しておきます。

 

 

適当なデッサンだしなんか色が薄いですねえ…。

幽霊じゃないです、ちゃんと生きています。

年齢は45歳の設定。

病気のため点滴が欠かせず、病院内を移動する場合はこの点滴の台を杖代わりにしているようです。

痩せてしまったため入院着がブカブカなのが少々不憫。

いつかもっと可愛い服を着せてあげたいですね。

 

 

 

 

「インセクト・パラダイス」は完全フィクションの小説です。

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