やっぱりなかったことにしてください。
こう言われて、はいそうですかと、リセットボタンを押すように、なかったことにできる男がいるのだろうか?
ましてや、一瞬でも成立した恋に、愛する女性に。。
当然、納得できるはずもない。
俺はまだ、ちゃんとした理由を聞けてないし、彼女の親や信仰が理由なんだったら、俺がクリスチャンになればいいんじゃないか?
まだ話し合う余地はあると思ったし、それほど真剣なんだってことをわかってもらいたかった。
しかし当時はスマホはおろか、ポケベルすらない時代。バイト中にそんな話はできないし、バイト以外でそれを聞いたり話したりする機会や場ははなかった。
結果、どうしたか。
俺は、バイト上がりの時間を待って、待ち伏せするしかなかった。
ある日、2時間待って、短時間だがなんとか彼女とコンタクトに成功した。
彼女は、高校生だというのに、夕飯の買い物をしていた。俺は今の気持ちを話したが、必死だったせいか、あまり内容は覚えていない。しかし彼女の意思は変わらず、何かドライというかきっぱりとした意思表示を感じた。
あきらめきれない俺は、翌9月、なんとか改めて会う約束をしたが、前日になり学校の補習が入ったとかで結局会えず。
その翌日、ゆう子は突然バイトを辞めた。
理由はわからないが、俺にとってその事実は、ゆう子との接点の場を完全に絶たれるということだった。
このまま何もわからないまま、会えなくなるなんて絶対嫌だ。
俺はその事実に耐えきれず、手紙を出すことにした。
今と違って、個人情報なんて言葉もない時代。バイト先でゆう子の履歴書を見ることは簡単だった。
手紙には何を書いたか覚えてないが、特に返事があるわけもなく、ただ時が流れていくだけだった。
何故、キリスト教だと付き合えないのか。わからない。
俺がクリスチャンになることに、何の問題があるのかもわからない。(動機は不純かもしれないが。。)
ゆう子に会いたい一心で、彼女の住む団地の入口で、彼女が利用していた駅で、何度も待ち伏せしたが、会うことはできなかった。
そして12月になり、俺は勇気を出して、彼女の家に電話した。
当時は携帯電話なんてある筈もなく、当然家電。
交際に反対してるであろう、彼女の親が出るかもしれないが、背に腹は代えられない。
俺も、家族のいる自宅からかけるなんてことはとてもできなかったので、公衆電話からかけた。
何度電話しても、留守か母親が出ることしかなかったが、いません、としか言われなかった気がする。
年が明けて1月、ようやくゆう子と連絡がとれたが、結局さよならを言われただけだった。
もうこれで終わりなのか。
自分の無力さと、泣こうが喚こうが、どうにもならない現実を突き付けられた俺は、ただ絶望の涙を流すしかなかった。
絶望の涙。それは意志とは関係なく、静かに、そしてとめどなく溢れるということを知った。
しばらくしてから俺は電話帳を開き、市内の教会を下見して回った。
とにかく、別れなければならない理由であるキリスト教、それ自体を知る必要がある。
そうでなければ、納得できない。
そして、彼女の世界を理解できたなら、なにか道が開けるかもしれない。
そんな思いで自宅にあった百科事典で調べたところ、キリスト教はカトリックとプロテスタントで宗派が分かれていることを知った。
確か彼女は言っていた。十字架は持たないって。
そこで、カトリックではなさそうなので、プロテスタントなのかもしれないと思い、市内で一番大きな教会にしばらく通った。
日曜礼拝だけだったが、教会の中にはたくさんの人がいた。そこに紛れ込んで、礼拝をして賛美歌を歌う。もちろん賛美歌なんて知らないから、適当に周りに合わせていた。
聖書も買って読んでみたが、はっきり言って、よくわからない。
牧師に事情を話すこともなければ周りに聞ける人もおらず、そもそも誰も干渉してこなかった。理解したくても、これだけではどうにもならなかった。
ある時は、小さな教会にも足を運んでみた。人数が少ないので、流石に事情を話さないとおかしい空気なので話した。そこで三浦綾子の塩狩峠を渡されたので、読んだこともあった。
小説自体は美しくも、残酷なくらい悲しい物語だったが、結局、俺の疑問の答えにはならなかった。
こうして、1992年の春が過ぎ去っていった。
続く