国立映画アーカイブ | 今日という日、そして来し方行く末

今日という日、そして来し方行く末

定年退職後の日々(おそらく20年ほどの残された日々)
の出来事や思うことを徒然に綴っている残日録です
~日残リテ昏(クレ)ルルニ未ダ遠シ~

に初めて行く。今「生誕100年記念プロジェクト」で高峰秀子の映画を上映している渋谷のユーロライブのように迷いに迷って行かなくちゃならないのかな?と不安になりながら行ったのだけれど、地下鉄銀座線の京橋駅を降りて出口1で地上に上がったらすぐだったので、ホッと胸をなで下ろす。

 

(↓)今回の上映会は「日本映画と音楽/1950年代から1960年代の作曲家たち」というテーマらしい。

 

「女であること」(1958)(原作:川端康成 監督:川島雄三 出演:原節子、森雅之、香川京子、久我美子、三橋達也、石浜朗)

ウーン、私にはあまり意味が分からない映画だった。先日亡くなった久我美子が大阪から家出してきた元気な現代娘の役を演っているのだけど、私としては彼女は清楚なお嬢様というイメージがあるので、あんまりしっくりこなかった(岡田茉莉子あたりが演ったらピッタリだったかも)。

 

原節子の同窓生の役で、荒木道子・丹阿弥谷津子・菅井きんがチラッと出て来て、私は何となく嬉しかった。

 

更に嬉しかったのが、小津安二郎や高峰秀子の映画などでもお馴染みの中北千枝子がお手伝いさん役で出ていたこと。

 

そして、石浜朗なんていうのも懐かしかったなぁ・・・。