kitotan~音の細道

kitotan~音の細道

~耳を澄ませば音の細道~
徒然にモノ書き&ピアノ弾き


去年11月以来5カ月ぶりの函館
桜のほうは開花が始まっていた

今回も往復ともに新幹線にした
大宮からは3時間半だから早い

学生の頃は列車と連絡船で12時
間かかったから隔世の感がある

70分で仙台、40分で盛岡、50分
で新青森、60分で新函館北斗…

飛行機だと羽田まででまず100分
空港内も歩かされ検査〜待機…

それが新幹線だと大宮まで20分
余計な手続もなくホーム即乗車

飛行機は搭乗時間こそ短いが所
要時間トータルでは新幹線と同じだ

それでなくても自分の場合は去
年飛行機の気圧で耳をやられた

そんなこともあってこれからも
新幹線ということになりそうだ


………………………………………


あとこの時季はいつも服に迷う
一応寒さ対策にダウンをもった

これが大正解で日中は要らない
がやっぱり夜と朝には重宝した

日中の最低気温を埼玉と函館で
比べると今はまだ10℃近く違う

なのでホテルでは暖房をつけた
日本は南北に長いこと実感する

翌朝は駅前通の美鈴珈琲まで歩
いたが10時でも風が冷たかった

ダウンを持っていかなかったら
風邪を引いていたかもしれない


………………………………………


ということでその美鈴の話、函
館の老舗珈琲店、今なお健在だ

自分は高校時代から知ってるが
その深いコク香りは変わらない

店の人も気取ったカフェと違い
いかにも函館、ざっくばらんだ

お客さんと函館弁でやりとりし
たりするのを見ると嬉しくなる

奥深い珈琲だけでもホッと落ち
着けるのにそれが倍加するのだ

だいたいこだわりを追求する人
にはエラそうにする人が多いが

ここはまったくそんなことがな
くあくまでも日常の延長らしい

これも函館という街自体にどう
やらそうした風土があるようだ

幕末の開国の時から外国人が入
っていち早く西洋化が進んだが

それでも市民はそれに対し必要
以上に肩肘張ったりしなかった

相手が外国人であったとしても
日常と変わらない接し方で通す

函館に住み続けていたあのソー
セージのレイモンさんにしても

市民野外劇を始めたグロード神
父にしてもそうやって慕われた

なので彼らもそんなありのまま
を出す市民のことを愛していた


………………………………………


西洋相手に卑屈になったり背伸
びで気取ったりしないこの風土

その辺のありようは高校時代の
体育の H先生からも聞いていた

柔道をやる一見デカい猛者だが
その実際は気は優しくて力持ち

風貌に似合わずフランス料理に
通じていてフランス語も話した

進水式に招待されたりさまざま
フランスと市民とを繋いでいた

それでいて日本語の時は函館弁
丸出しでそれを隠したりしない

自分もこの先生のお陰で本物と
はどういうものなのかを知った

函館には教会、ミッションスクール、料
理店(フランスや中華)などが多いが

どれも結局そうした風土のなか
で市民とともに根づいていった

そしてこの珈琲、今も市内には
多くの個性的な焙煎屋があるが

開港以来やはりそうして市民の
間に珈琲文化が定着していった

最後会計の時に店の人と話すと
店の歴史で大いに盛り上がった


………………………………………


今回はもう1軒、聞いていた別
の喫茶店にも足を伸ばしてみた

その名も「レトロ喫茶 函館昭和館」
入ると靴を脱いで普通の民家だ

そして驚いた、何から何までが
どこから集めたのか昭和グッズ

電化製品、レコード、ポスター
おもちゃ人形、よりどりみどり

とにかくもう溜め息しか出ない
「いやあ、懐かしい〜」の連発

ご主人は別に仕事を持っていて
合間をみて収集整理してきたと

資料もきちんと用意されていて
こうなるともうさながら博物館

すべてに詳しく尋ねると説明も
してくれるからより楽しくなる

真空管のラジオも点けてくれた
アナログの懐かしい音が鳴った

じっくり見てまわったら時間が
いくらあっても足りなさそうだ

ああいいものを見たなと大満足
こんな家に住んでみたいものだ

それにしてもたくさんのグッズ
写真はそのうちのほんの一部…




















サクラ〜ハナミズキ

去るものと来るもの


動いていること

変わりゆくこと

順番を守ること


新旧が織り成す摂理

時を繋ぐ命のリレー








せっかくの桜もずっとどんより
雨混じりの厚雲に覆われる毎日

それが今朝は雨もあがりぐんぐ
ん気温も上昇、ポカポカの20℃

花も散らずに頑張ったのだろう
久々の青空に活き活き見事な色





ただ明日は暴風雨だというから
桜も今日が見納めになりそうだ

それでか公園はチビっ子だらけ
集まってるのは 100人くらいか

おそらく周辺の保育園、幼稚園
そして学童保育、みなこぞって

よし、もう今日しかないぞと大
集結することになったのだろう

それにしても子供たち、キャア
キャアとこのうえない歓びの声

そんな光景を前にすると思わず
こっちまでが元気になってくる






開花後あいにくの雨続きで
足踏み状態が続いていた桜

それが一転、きのうの初夏
のような陽気で一気に満開






ただこれも今日からの雨で
はたしてどこまでもつか…

ずっと青い空が続けば色も
一層映えてくれるのだが…

でなければ1ヶ月くらい長
持ちする品種でも作れば…


………………………………


いや、そう思うようにばか
りはいかないのが世の常…

むしろ、それに抗うよりは
諦めてすんなり受け入れる

と不思議なものでそのほう
がいとをかしだったりする

青い空に薄桃の桜、実際は
目には見えてはいなくても

どこからかよりくっきりと
その情景が浮かんでくる…

人間、足りないほうがそれ
を埋める心が働くらしい…


………………………………


この抑制的なものの見方は
古来から続く日本の文化で

おそらくこの列島の天変地
異と関係しているのだろう

災害に次ぐ災害、いつしか
欲に対する自制が培われた

確かに欧米で「おしん」の
ようなドラマは生まれない

おっとそういえば懐かしい
あのチラリズムなんてのも…


  ………………………………


僅か1週間でハラハラ散り
行くゆえに想いを寄せる…

空が青くなければそれでも
瞼を閉じて想像を巡らす…

少しきを  足れりとも知れ
満ちぬれば
月もほどなく 十六夜の空
(島津日新公いろは歌)












何だろう?廊下に赤いものが…
灰色に紅一点だから目を引く…

腰を屈め覗く、ん?動いてる…
顔を近づけよく見る、すると…

おお!これてんとう虫じゃん…
ちっちゃ!生まれたばかりか…





それでもチョコチョコとどこへ
行くのか一生懸命に歩いている

エラいなあ裸でもセッセセッセ
自分は着ぶくれしててもブルッ

歩みは遅いものの足はフル回転
自分よりうんとアクティブだ…

そういえば確か先週か予報士が
今日から「啓蟄」と言っていた

そのあと真冬並みの寒さが続い
ていたのですっかり忘れてたが 

こうしてみるとそれでも季節は
確かに着々と進んでいたらしい

改めて「啓蟄」を調べてみる…


「啓蟄」
二十四節気の1つで今年は3/5~20
土の中で縮こまっていた虫たちが
春を感じるようになって穴を啓き
地上に這い出て活動を始めるころ

……ほんとだ、まさにそのとおり!


このところ地球の変調で日本の
四季もすっかり崩れてきてるが

まわりがどうあれこの虫さんた
ちは、へっ、それがどうしたと

まだしっかりと本来のリズムを
キープしてくれているようだ♪

いや待てよ、そうすることでも
しや我々に何か伝えてるのか…

「ほらほら、ボーッとしてると
どんどん拍がズレていくよ」…

も、もしやこのてんとう虫さん
ドラマーはたまたベーシスト?






孫の初舞台で銀座まで行ってきた
といっても歌舞伎ではなくバレエ

初めてのホールだったが1000席で
音響もなかなかだ、東京の底力…

演者はチビッコから年配の方まで
さまざまだ、おっと順番が来た…

「ラデッキー行進曲」よし!いけ!
「ドンキホーテ」いいぞいいぞ!

大声こそ出しはしなかったものの
爺ちゃん心の中で目いっぱい応援

初舞台にしては体幹、手足、表情
誰に似たのか、いいんでないかい

終演後会うとなんと顔そのまま…
化粧は各自家で落とせとのこと…

聞くと朝のリハからずっとこれ…
本人曰くすっかり馴れたという…

あしたから保育園にもこのままで
行きたいと言ったらどうしよう…

それにしても6歳児のこの豹変!
気圧されてこっちのほうがひるむ

そのうち母親も楽屋から出てきた
親子出演で20年ぶりのカムバック

「白鳥の湖」「くるみ割り人形」
おお!りくりゅう並みリフトも…

久々のわりには体幹、手足、表情
誰に似たのか、いいんでないかい

身贔屓とはよく言ったものでなぜ
かどうしても身内には甘めになる

ともあれ2人揃ってのこのメイク
少々のことでは驚かないほうだが

それこそ普段を知る身内だからか
分かってはいてもやはりたじろぐ

帰りはどうするのか、よさこいな
ら大勢の群れで電車もありだが…

やっぱりさすがにそれも…という
ことで結局はタクシーと相成った




……………………………………………


自分ははるばる埼玉なのでそこで
別れベローチェで一服&WBC観戦

0ー1だったがおお!吉田の一発で
逆転、それを見届け地下鉄で帰宅

最近はこうして夜出歩くこともな
くなったからか少し疲れたらしい

幸い地下鉄も乗り換えなしの直行
よしと、ここはひと眠りすっか…

ゴトゴト揺られるうちにうとうと
…ああ、いい一日だったな……zzz

おっとそこで思い出した、そうい
えばきょうは相撲も初日だった…

横綱、大関あたりは要チェックだ
あとでまたゆっくり動画をみよう

いや昔と違ってほんと便利な時代
になったものだな、うとうと…zzz

おっと待てよ、そういえばオリン
ピック、パラリンピック、WBC、

さらには相撲、この3月あれもこ
れもで忙しいよな、うとうと…zzz

おっとまた思い出した、そういや
またすぐ高校野球でなかったか…

やれやれ慌ただしいな忙しいな…
でも全部見なきゃ…うとうと…zzz

おっと、そういえば孫はともかく
自分は マスク&眼鏡&帽子の完全装備

顔全部隠し不審者っぽいがそれも
寒いのと花粉ピークでやむなしだ

どう思われてもいいさ…タクシー
なら1万以上だし…うとうと…zzz

おっとそうだ、ところであっちは
もう化粧落としたべか…うとうと

…ゴトンゴトン…ああ、きょうは…
久々にいい一日だったなあ……zzz

……と思ったら50分は早い、熟睡
するまもなく駅に着いてしまった




……………………………………………


足を引きずって10分家に辿り着く
食うや食わずのまますぐ床につく

…すぐバタンキューかと思いきや
あれ?何だ?なかなか眠れない…

久々の都心と芸術鑑賞だったから
もしやまだ興奮が冷めないのか…

結局朝方まで眠れずじまいが続く
ブルッそれにしてもずいぶん寒い

温度計を見てみるとなんと1℃!
やんやこの時季になんてこった…

もう夜は明けたかとカーテンを…
すると、おお雪だ!それも大雪!

先週は20℃とポカポカ春の陽気で
来週にはもう桜だと言ってたのに

それがこれだからあっち行ったり
こっち行ったりでなんだか忙しい

待てよ、もしや冬さんまだ負けな
いぞと最後の抵抗をしてるのか…

そう思うともちろんスポーツも大
変だがこの季節ってやつも大変だ

今だと春VS冬、お互い命を懸けて
懸命に攻防を繰り返してるらしい





今年は春一番が早く2月23日だったが
その後も強風が何度か吹き荒れている

西から低気圧が何日かおきに次々やっ
てきてそのたびに強風をもたらすのだ

風だけならいいが天候もくるくる変わ
るから落ち着かないことこのうえない

低気圧が北を通れば南風ポカポカ陽気
南を通ればひんやり北風に雨が混じる

ポカポカ初夏のような陽気になったり
と思えばブルブル冬に逆戻りしたり…

そのたび半袖になったり今度はまたダ
ウンを着込んだりととにかく右往左往

それに加え先週あたりからあの憎っく
きスギ花粉が一気に飛びまわり始めた

鼻が…目が…いくら対策してもどうにも
ならずみなやれやれと困り果てている

この時季というのはルンルン「春よ来
い」と明るい気分になってたものだが

今はこの花粉のお陰でむしろなんとも
気の重くなるそんな季節になっている

今年は桜の開花もずいぶん早くもうあ
と約2週間もすれば咲き始めるらしい

これも今ではマスクとメガネが必須で
なんとも興醒めな話だがしかたがない

………………………………………

そうだ弥生3月といえば卒業式、入学
式、入社式、引越しと何かと節目の月

新しい未知への生活が始まることへの
ソワソワ不安とそしてルンルン期待と

その辺が微妙に入り混じるところはこ
の端境期の天候と同じだから不思議だ

孫も早いもので来週は保育園の卒園式
そしてすぐ来月には小学校の入学式だ

連れが入学式に着る服を作るのに色や
デザイン入念に孫と打合せしたらしい

あれこれ細かいところまで注文がつい
たというからもうすっかり大人並みだ

子供というのは生まれたと思ったらこ
うして知らぬまに成長してるから驚く

はて今はどんな気分でいるのか、ルン
ルンかソワソワか、今度聞いてみよう

待てよ、自分はどうだったのだろう…
全然憶えてない(笑)…なんだか羨ましい






去年の4月から10ヶ月続いた
滲出性中耳炎、ようやく完治

去年の4月に飛行機で発症し
かれこれもう足かけ10ヶ月…

この間、鼓膜切開3回、チューブ
置換術2回、最後は全麻入院

先生もいろいろやってくれた
がなかなか快方には向かわず

どのくらい通院したか数えて
みたらもう20回になっていた

長かったが、その長さ以上に
この先本当に治るのかという

そしてもし治らなければどう
やって暮らせばいいかという

そんな漠然とした不安がよぎ
っていたのが一番キツかった

チューブで中耳内を強制換気する
ことによりまず滲出液を止め

そのうち自力で換気できるよ
うになるのを待つという方法

今回は7週ぶりの久々の診察
かなり聴こえは良くなってた

さっそく先生が耳の中を覗く
すると、おお!よしよし…

写真を見るとチューブは既に外
れて鼓膜の穴も塞がっている

滲出液もなく検査の結果でも
聴力もしっかり回復している

最後に脱落して鼓膜に引っ掛
かっていたチューブを取り出した

これで治療は終了とのことで
やった!この日は実は誕生日

先生に話すと、そうですかそ
れはめでたいと喜んでくれた

ということで写真はそのチューブ
えらく小さくほんの1mmほど

それがこんなに力を発揮して
助けてくれたのだから有難い

聞くと捨てるという、いやい
や5ヶ月世話になった恩人…

その姿があまりに健気なので
先生にお願いしもらってきた







と思ったらその喜びも束の間
体がだるく口が渇いて熱も…

どこかで風邪でももらったか
食欲もなくゼリーとお粥だけ

やれやれ一難去ってまた一難
いいことあれば悪いことも…

急上昇→急降下だからまるで
ジェットコースターみたいだ

これも人間につきものなのだ
ろう昔から先人も教えていた

「人間万事塞翁が馬」
「禍福は糾える縄の如し」

感情にまかせてあんまり一喜
一憂するのも考えものらしい




冬のオリンピックが始まった
やれやれおかげて昼夜逆転…

女子ジャンプノーマルヒル
スノーボード男子ビッグエア

よし!いいぞやったやった!
メダルラッシュに拍手喝采!

そうこうしているうちに時計
を見ると、あれ!?もう5時…

よし、こうなったら寝ないで
きょうはこのまま喫茶店だな

…………………………………

カーテンをあける、すると…
おお!いつのまにか真っ白!

確かに予報でももしかすると
チラつくかもとは言ってたが

いやいやまさかここまで降る
などとは思ってもいなかった




よし、じゃまずはルーティン
朝食、体操、そして身支度…

さっさっと済ませて外へ出る
はて街はどうなってるだろう

喫茶店まで行く経路を変更し
あちこちうろうろ現地調査…

…………………………………

このへんは引退してもう17年
にもなるというのになぜだか

どうしても昔の仕事の癖が今
になってもなかなか抜けない

その頃は何かあるたび市域の
隅々を走りまわって実態調査

お陰で地形〜歴史〜街〜人…
ナマの姿を知ることができた

それが今でも誰に頼まれたわ
けでもないのにそうなるのは

何につけ自分の目で確かめる
というのがよほど好きらしい

さらにはそこかしこの様子を
バシャッ バシャッ と写真に収める

これは戻ったらそれを見せな
がら関係者に報告するためだ

ん?今はそんな関係者なんて
…そっかこれもやはり習性か

ということで現地調査は終了
積雪5cm! 道路電車異常なし!

あれ!?…結局、頼まれてもない
のにここで報告しちゃったり…


















小中高とずっと音楽を共にしたK…
器楽、吹奏楽、指揮、フォーク、ロック…

大学で離れたがそのあと就職で札幌
へ来たらなんと街でバッタリ再会…

聞くと今はベースをやってると言う
オケで基本を学んでその後はジャズ

ヤツは札幌で医学生5年目だったが
自分は札幌へ来てまだ1ヶ月足らず

仕事もそして土地や人間もすべてが
初づくしの連続で当惑の日々だった

ヤツはそんな自分にジャズをやろう
と誘った、おまえなら大丈夫だと…

大学の時に少しやってはみたものの
全然ダメで以来すっかり諦めていた

やっぱりよすわと言ったがしつこい
まず一回とにかく練習してみようと

それからは深夜2人某所にて特訓…
大学ジャズ研にも潜り込んで特訓…

そのうちジャズ研の学生ともどんど
ん交流が広がって楽しくなってきた

もしかしたらやってけるかも…少し
ずつだがちょっと自信もついてきた

ヤツとのあの再会がなければこうし
た人たちとの繋がりもできなかった

またこのジャズのお陰で仕事もなん
とか車の両輪で続けることができた

札幌での35年、結局その土台を作っ
てくれたのはヤツだったことになる

不思議なのはこうして人がここぞと
いう転機に立ち至った時にはなぜか

どこからか誰かがふと現れ手を差し
伸べてくれる、そうできてるらしい

…………………………………………

そうこうしてるうちにレパートリー
も増えて一層ジャズにのめり込んだ

2年後ドラムも加えトリオを組んだ
ライブハウスにも出るようになった

特にびーどろの今は亡きTさんは折に
ふれさまざま機会を提供してくれた

どんどんオリジナルも増えライブも
重ね、さあこれからというその時…

なんとそのヤツが旅立ったとの訃報
享年27歳、それからもう44年になる

今思えば僅か2年に過ぎないトリオ
だったが中身はずいぶん濃密だった

音楽というものにここまで集中して
前向きだった時期はなかったと思う

仏教では時間の流れをとらえる際そ
の一番小さな単位を「刹那」と呼ぶ

過ぎ去れば過ぎ去るほど目に見えな
いくらいまで遠ざかる儚く短い時間

そうであるからこそその一瞬にあり
ったけをぶつけるのが「一期一会」

あれはそんなことだったのかもしれ
ないと半世紀経った今になって思う

そんな一回きりの刹那ではあったが
辛うじていくつか録音が残っている

命日にはそれを聴くことにしている
耳を澄ますとまだそこに生きている


◾️Dorian blues 1981/3@札幌びーどろ

◾️Good-bye 1980/10@八雲嵯峨