「人の気持ちになって考えろ」と言われてはきたけど
想像を超えて 心は理解しがたいもの
今は、自分にとってどういう季節か。
その問題が、それほど難しいものだとは思っていなかった。
加えて、
今は、自分以外の者にとってどういう季節か。
この問いがそこに交わると、もう少し悩ましいことになる。
好きなことを我慢する。
そして優先順位の高いと思われることを優先する。
このことを、自分たちは大きくなる過程で自然と教わってきているものである。
アリとキリギリスのお話も、そんな教えを示唆するものだろう。
でも、人の価値観はそれぞれだから、常に想像したい。
「相手の行動は、どんな根拠あるいは気持ちによって生じているか」
自分が正しい訳じゃない。
そんなこと考えているから、いつもズバッと言えないのかもしれない。
例えそれが、もう、ずいぶん話をしてきた人でも。
例えそれが、もう、ずいぶん一緒に遊んだことのある友でも。
自分だって、一緒にたくさん遊びたいし、一緒にたくさん飲みたい。
でもその気持ちに、すべてを委ねてはいられない。
欲望のままに、その場その時の快楽のために生きてはいられない。
自我や超自我によって、esを支配しているから人間は社会で生きていける。
お金がないなら、働いて貯めなければ。
お金がいるなら、欲を押さえて貯めなければ。
優先すべきことがあるなら、そちらを優先しなければ。
自分は昨年度キリギリスだった。
事情はどうあれ、仕事をしないキリギリスだった。
だからこそ、もうキリギリスはごめんだ。
同じ過ちは、繰り返さない。
過去は事実として残る。
同じ過ちが事実として繰り返されているのを
未来から悔いることだけは避けたい。
勘違いしてもらいたくない。
わかってほしい。
大好きだということは、わかってほしい。