今夜も蒸し暑い。

そりゃそうだ。

窓を閉めているから。


それなら窓を開ければ良い。

そうすれば夜風が部屋に入り込んで、涼しくなる。


しかし、窓は開けない。

開ければ虫が入ってくるから。


クーラーも使わない。

使うと電気代がかかるから。


我慢すれば良い話。

汗をかけば、水分を補給すればいい話。


それでお金が節約できるなら。

そこで節約して、その分思い出や後世に残るなら。






そういえば、一ヶ月間ブログを書いていなかった。

『便りの無いのは良い便り』という言葉があったような気がする。


最近は、ずっと後輩と一緒にいる。

そう、例の実行委員。


6月は、多忙だった。

しかし、それよりも充実という言葉がしっくりくる感触の、多忙だった。


本来ならば、今の時期は卒業論文に取りかかっているべき時期かもしれない。

自覚している。

そしてそれをしなければ大学院入試の願書を書けない事も分かっている。


でも、今だから。

まだギリギリセーフだから(勝手にそう思っている)。


もうしばしの間、

7月3日に七夕会を成功させるまでは、この状態で、

かわいい後輩たちと、

愉快な仲間たちと、

楽しい時を過ごしたい。


変なこと言っているのは分かっている。

十分モラトリアムもらっておきながら、こんなこと言うのは愚かだと思う。


でも、そこに力を入れる価値はあると思うから。

後輩のためにとか、会のためにとか言いながら、自分がそれを満喫している。

それは本当。


遊び呆けているように見えるかもしれない。

それは仕方がない。


でもちゃんと責任を持つから、大目に見てやってほしい。

しっかり大学院試を通って大学院に進学するから、今の時期を許してほしい。




自分の入っているサークルの、次のイベントの実行委員長をすることになった。

今日は初日。初顔合わせだった。


そもそも、知らないうちに自分が候補に上がったということが意外だった。

普通は心の準備をするような環境にある者がするべき仕事だが、今回は急に自分に決まった。

まさに変化球のご指名。

まぁそうなるに至るには、なかなか色々あったそうだ。


理由はどうあれ、始まった。

手探りでやっていくしかない。

引き受けたのだから全力でやりたい。




しかし本当に手探りだ。

参考にするべき昨年の資料、おととしの資料が、ない。

昨年の実行委員の長である友人に、資料を探してもらうようにも頼んでいるが、まだ報告がない。



さぁて、バイト三昧の四年生に突然舞い込んできた仕事。

周りの人たちも、自分のバイト量はだいたい分かっているだろうから、それでもやる気出しゃできるということか。


自分以外の実行委員は全て後輩。

1年生4人。

2年生2人。

3年生3人。


さて、後輩を幻滅させないためにも頑張らなくちゃな。

学びの姿勢とは何か。

積極的に物事を吸収しようとすることか。
己を捨て、謙虚になることか。


成長することか。




自分が大学に入学して三年が経過し、今では四年生である。

その間、様々な場面で様々な事を学んだ(つもりであった)。

例えば授業で。
例えばボランティアで。
例えば部活で。
例えば実習で。
例えばサークルで。
例えば遊びで。
例えばバイトで。


その他にも、大学生活では色々なことがある。
そのそれぞれの場面で、色々なことを感じて、色々な事に悩んで、色々な迷いがあった。
そして曲がりなりにも、それらを乗り越えて今に至っている。



しかし、そのことが果たして自分にどれたけの実りを残しているか。

甚だ怪しくなってきた今日この頃である。

いやむしろ、この人生で歳相応まで自分を伸ばせたかすらも怪しい。


先日ある人から
「君に相談しても、寄り添ってくれないよね。いつも一歩引いていて、他人事の様に聞いているよね。そういう客観的な立場から冷静に聞くスタンスも悪くはないと思うけど、相談をしている人は共感を求めている人が大半なんだから、もっと共感しながら聞いた方がいいよ。」
と言われた。

何たる事だ!

自分は今まで、人がせっかく相談をしてくれた時に、そんなに冷たい対応をしていたのか!?

自分ではそんなつもりはなく、親身にその人の悩みを聞いているつもりでいたのに、その人からすれば嬉しくない反応をしてきたということか…?




また、ある人から
「君はいつもボランティアなんかで子どもに接するときに、どんな想いをもって接しているの?例えば、周りの人からのアドバイスとかを、どう受け止めているの?」
と言われた。

続けて
「俺がしたアドバイスを、ちゃんと聞いているのかなって思うときがある。自分なりの考えがあるのはいいんだけど、それに固執して意固地になって他の人のアドバイスや意見を受け入れないでいると、成長しないしよ。それに子どもの為を思うのなら、自分の変なプライドとか捨てないと、邪魔なだけだからね。君の支援を見ていると、前にしたアドバイスを無視して、いつも同じような不適切な支援をしているように思う。」
と言われた。



………




確かにそう思われても仕方ないと思った。

…でも違うんだ。

意固地になんてなってはいない。
自分の支援に変なプライドなんて持っていない。
人のアドバイスも聞いている。

しかし、現にそれを支援に活かせていない。

なぜか。

「頭から離れてしまう」とでも表現できようか。

頭が悪いのか意識が弱いのか、原因はわからない。

実際に子どもを見るときに、今まで見てきた事や聞いたこと、学んできたこと等が活かされれば良いのだか、自分が子どもの支援をする際に、残念ながらそれらの経験や知識がどこかへ行ってしまっていることが多々ある。

大学に入ってからの知識や経験を、すべて上手く消化して実践に活かせれば、恐らく今自分がしているような支援よりも、とても質の高い支援ができるだろう。

しかし自分はそれがあまり出来ていない。

だから自分は、無駄なプライドを持っているわけでもなければ、アドバイスを聞いていないわけでもない。

ただ未熟さゆえに「できない」んだ。難しいんだ。

自分は、そのような旨の返事をその人に返した。


するとその人は

「それなら大丈夫やん。そう考えとるなら、意識次第。コツは、支援をする際、何かひとつでも『ねらい』を持って、それに基づいた支援をすることだよ。」

という感じの助言をくれた。

確かにそうだ。
そういう姿勢は、昨年度の教育実習で学んだ。



つもりだった。

でも現にそうしていない。



そうだ。やはり日常から意識が弱いから成長しないのだ。
得たはずのものを失うのだ。
つねに向上心・好奇心を持ち、真剣に考えれば、結果は変わっていくはずだ。


助言をくれたその人は、自分の一歩も二歩も先を歩いていた。



部活の主将もやっていたような人間がこんな有様じゃ、情けないな。

助言を受けた時、情けなさを感じずにはいられなかった。
正直、悔しい。




でも、情けなさとほぼ同時に感じた「やってやるぞ」という気持ちを忘れたくない。

ある程度確立された人間の脳の思考パターンを改めるのは難しいことかもしれないが、それでも意識を変えていかねば。
自分を変えていかねば。





広い視野を持つ。
状況判断力を持つ。
先を見通す力を持つ。
最上級生の自覚を持つ。


大切な事だ。
知っている。


でも、今更になってそんな事を考えている。


このきっかけを大切にしたい。



だから胃袋よ 僕の胃袋よ
もっと強靭たれ もっと貪欲たれ
何だって飲み込んで 何だって消化して
全部筋肉に変えてしまおう