カロリーナ・コストナー グランプリファイナル2007 "ドゥムキー" ドヴォルザーク


自国開催では 信じられない様な力が その選手に働いて 非常に有利である、ということを、サラ・マイヤー選手が、生涯初の優勝の栄冠を得た スイスに於ける 2011,欧州選手権に、私達はあらためて教えられました。

が、カロリーナ・コストナー 選手の場合は、2006年のオリンピックの時も、この、2007年の グランプリファイナル の時も、けして、特別な結果をもたらすものとはなりませんでした。


 (この時 優勝したのは、翌年の自国開催となったグランプリファイナルでは優勝出来なかった、韓国の キム・ヨナ 選手でした)。


この時、浅田真央 選手 は、なんと、ショート 6位 から、フリーの演技で驚異的な追い上げを見せて、総合で 2位 になりました。

トリプルアクセルに始まる全てのジャンプを鮮やかに跳び、プログラムをほぼノーミス (ドーナツスピンは歪んでしまいました) で滑り終えた、それが、その日の一番滑走の演技で、そして、いきなりのクライマックスでした。魂を奪われた観客の中には、立ち上がって拍手する人もいました。

その後、5番目の登場となった カロリーナ・コストナー 選手への喝采よりも、それは、大きいものであったように、テレビで見ていた私には感じられました。



信じられないような力、それを 浅田真央 さん は、彼女自身の内に持っているのだと、皆が知ることとなった大会でした。

浅田真央 グランプリファイナル2007  「幻想即興曲」フレデリック・ショパン

2008-2009年のグランプリファイナルの会場となったのは、韓国の高陽市でした。


それは つまり、その大会の優勝の最有力候補者である、キム・ヨナ 選手 の、地元開催 という訳です。


選手にとっての地元開催が、どれ程感動的なものであるかは、つい先日も、サラ・マイヤー選手が優勝を遂げた、スイス、ベルンで行われた 2011年の欧州選手権 で、多くの人が思い知ったことです。 


~ ~ ~ が、その年の韓国の会場の様子は、スイスのベルンの時とは、全く違うものでした。



キム・ヨナ選手 は、そのフリーの競技が始まる前までは、自分は優勝出来る と、信じていたようです。


けれど、一つジャンプを跳び損ねてしまってからは、急速に気持ちが引いていってしまったようで、その後のジャンプでは転倒もしてしまいました。


演技の終了の時などは 慌てたように ・ ・ ・、そう、その場からサッサと逃げ出したいと感じているかのような終わり方をしています。


満場のファンの声援は、そんな彼女の様子には御構い無し、とでもいう風に、熱狂的なままで、


  私には、気もそぞろになった選手を鞭打つようなものに聞こえましたが、


彼女が失意の気持ちを堪えて立ちすくんでいる (ー ー これも、私にはそう見えた、ということです) そのリンクには、もう、後にも先にも見たことのない位の、豪雨のような無数のプレゼントが投げ込まれました。


そして、彼女は二位である という結果が表示されると、なりふり構わぬ大ブーイングです。


その会場のファンは、一体、その日、何の為に、何が見たくて、そして 何を期待し、何をしようと思っていたのでしょうか ー ー ー。


少なくとも、演技を失敗してしまった選手の心に寄り添う気持ちなど皆無であることは、はっきりしています。



それは、自国開催が裏目となってしまったケースの、一例となってしまいました。




【フィギュアスケートYouTube-動画Blog】 の、その頁のリンクを貼っておきます。


そこにある夥しい数のコメントは、大変、参考になります。 当時から、分かってしまっていた人って、こんなに居たのですね。


2008-2009,グランプリファイナル. キム・ヨナ、FP

スイス、ベルンで開催された 今期、欧州選手権で、サラ・マイヤー 選手 は 生涯初の 国際大会での優勝を果たしました。

現在、26才、彼女はこの大会を最後に 引退することを表明していました。

彼女の最後の演技を見ようと、彼女の国の人々は、このフリーの競技会場に沢山集まって、満場になった客席から、ジャンプやスピン、彼女の 一つ一つ の 渾身の演技に温かい拍手を送っています。

彼女はノーミスで演技を終えました。 ジャッジの採点は、この日、その優勝のメダルを サラ・マイヤー の胸に届けました。


鳴り止まない祝福の拍手。 歓喜に包まれた会場。 生涯に一度、そして、この時に立ち会った誰もが、生涯忘れ難いであろう感動。

その、一部始終が、この動画に あります。




ー ー と、3位だったショートの演技