日本人のための近現代社会 -30ページ目

日本人のための近現代社会

主に日本近現代史を日本人の立場から分かりやすく解説した動画をあげています。日記は投資について書いていきます。

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次回の動画で満州事変について解説する予定なのですが、いきなり満州事変にいっちゃうとそもそもなんで満州事変が起こるような事態になってしまったのかがイマイチよく分からないんですよ。

そこで今回は満州事変前の中国情勢と言う事で、日露戦争から第二次幣原外交までの間に満州でどんな動きがあったのかについて解説していこうと思います。

動画解説

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm28504182

ようつべ https://www.youtube.com/watch?v=f__mE1rcxXY


 47回の動画で解説したように日露戦争での勝利によって、日本は満州からロシアを追い出すことに成功し、満州を中国に返しています。そしてこの時にロシアが持っていた権益を譲り受け、鉄道の経営を始めることになります。そして日本は満州に莫大な投資をしてインフラを整え、産業を興し、関東軍を置いて治安を守っていくことになります。このおかげで54回動画で解説したような戦乱の真っただ中にあった中国の中で満州だけは大きく発展することができたわけです。この事が中国人の嫉妬を招く一因になります。



こういうことを言うと、日本は満州を中国に返したと言っても軍隊を置いていたんだから実質的な侵略だみたいな的外れな主張をする人がいるんですが、これは違います。まず、大前提として当時の中国大陸は内乱が頻発する戦国時代のような状況にありました。そんな状況で治安維持の軍隊がいなかったらどうなりますか。「満州は平和を愛しています。戦いたくありません。だから攻め込んでこないでください」なんて主張した所で攻め込む側はそんなことは知ったこっちゃないわけです。目の前に何の防御もしていないめちゃくちゃ発展した都市があったら格好の標的です。襲ってくださいって言ってるようなもんじゃないですか。



 ともあれ、戦争状態の中国の中で満州だけは発展し、かつ治安も維持されていたわけです。そうすると当然、戦火から逃れるために大量の中国人の難民が満州に押し寄せることになります。その結果、日露戦争の頃1000万人だった満州の人口は満州事変が起こる頃になると3000万人にまで激増することになります(27年で3倍になった)。つまり、満州の中の中国人の比率が飛躍的に上がってしまったという事ですね。



 そう言う状況で、ロシア革命が起こり、共産主義国家ソ連が誕生するとコミンテルンの指導で中国共産党による反日宣伝工作や日本への嫌がらせが活発に行われるようになります。その結果、中国や満州での日本に対するイメージは急速に悪化し排日運動や日本人への脅迫やいじめが日常的に行われるようになっていきます。当然、嫌がらせを行う中国人の背後には中国共産党がいますし、さらにその後ろにはソ連のコミンテルンや日本を満州から追い出したかったアメリカの援助があったわけです。ソ連やアメリカの資金援助なしに満鉄の横に鉄道を走らせて営業妨害なんてできるわけがないですからね。



 反日が激化していくと当然日本人と中国人の衝突は増えますし、お互いにピリピリした状態になるのはわかりますよね。そんな状況で1929年、悪夢の第二次幣原外交が始まります。幣原外交については73回の動画で解説したように中国に何をされても一切反撃しないという外交方針でしたから、共産党に操られた中国人の排日活動や嫌がらせはどんどん酷さを増していくことになります。当然、現地の日本人は領事館に訴えるんですけど、日本政府は遺憾の意を示すだけで何も対策をとってくれないわけです。ですから満州の日本人は「無能な政府に何を言っても無駄だ。自分の身は自分で守るしかない」と考え、組織を作って治安維持をしていた関東軍に直接訴えていくことになります。こういう緊迫した状況があり、日本人が我慢の限界に達したのが次回解説する満州事変と言う事になるわけです。



ちなみに、いじめの一番の標的になっていたのが満州に住んでいた朝鮮人です。当時の朝鮮人は日韓併合により、日本人として扱われていました。しかし、中国人にとっての朝鮮人というのは長年奴隷として扱ってきた連中なわけです。ですから奴隷の分際で俺たち中国人よりいい暮らしをしているのは生意気だと思われ日本人よりもひどいいじめを受けることになります

その結果、朝鮮人達から「日本人の名前を名乗らせてください。このままじゃいじめに耐えきれません」という訴えが出てくることになります。もちろん、人種差別当たり前の当時の世界で日本人以外の有色人種は人間扱いされていなかったから日本人を名乗れる方が得だという損得勘定もあって急速に創氏改名が進むことになるんですね。

極悪非道な日本軍によって誇り高き名前を強制的に変えさせられた?ちょっと何言ってるか分からないですね。



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 今回は1929年に起こった世界恐慌とこれに伴って引き起こされたブロック経済について解説していこうと思います。

動画解説

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm28447983

ようつべ https://www.youtube.com/watch?v=HGxSm9TiNQA


 世界的な不況と言うと最近ではリーマンショックからの大不況が連想されますが、1929年に起こった世界恐慌も原因はアメリカです。


 当時のアメリカはヨーロッパや日本などの国に工業分野でかなり後れを取っていました。だからアメリカでは自国で作った工業製品が海外製に負けてしまって売れないという状況が発生していました。そこでアメリカは何を考えたか。普通だったら自国の製品を良くして競争力を高めようとするじゃないですか。しかし、そこは男義の無いジャイアン、考える事が違います。「自国製品が売れないんだったら外国の製品にバカ高い税金かければいいじゃん」。こういう発想をするんですね。


 今でも日本でアメ車を売る努力すらしていないのに、「アメ車が売れないのは日本の市場が閉鎖的だからだ、固定で買い取る枠を作れ」とかわけの分からない事を言ってきていますが、当時も似たような自己中な発想しかできなかったわけです。結果として1000を超える物に対して最大800%というとんでもない関税をかけ、海外製品がアメリカで絶対に売れない状況を作り上げます

 そうなると、当然他の国も報復としてアメリカ製品に対して同じ事をやるわけです。こうなると世界的な物の流れが止まってしまい、株価が大暴落することになります。

 中国での利権が欲しかったがために自由貿易やろうよと言い続けてきたアメリカがいきなり門戸開放とは真逆の政策をやらかした結果、世界に大混乱を引き起こした。これが世界恐慌のざっくりとした流れです。



 さて、この世界恐慌は日本を含め世界に大きな影響を与えます。イギリスでは1932年にオタワ会議を開き、自国とその植民地間では関税をめちゃくちゃ安くする代わりにそうでない国に対しては高い関税をかけるというブロック経済に移行します。アメリカは言うまでも無く大国ですし、当時のイギリスは世界の4分の1を植民地としていた超大国だったわけです。そういった国がブロック経済に走ってしまうと日本のような国土も植民地も少ない国にとっては厳しい状況が発生することになり、長期の不況に悩まされることになります。



さて、日本人にとっては不幸な世界恐慌だったんですが、一部の連中は世界恐慌を大チャンスと考えます。それは日本に入りこんでいた共産主義者達です。

共産主義ってのは国が全ての生産量を調整して物を作らせますから自由がない代わりに不況もないんですよ。だから長引く不況に苦しんでいた日本人に対し、「ほら共産主義国家になれば不況なんて関係ないですよ。そんな辛い思いしなくていいんですよー」と甘い誘いをかけてくることになります。

しかし、共産主義者の主張は天皇をぶっ殺せというものですから日本人にはなかなか受け入れられなかったわけです。そんな中、「天皇陛下を殺せという共産主義者は許せない。しかし社会主義は魅力的だ。そうか、やつらのトップであるスターリンを日本では天皇陛下に置き換えればいいんだ」と考える人達が出てくるんですね。


これによって、天皇を殺せという主張のせいで日本人に受け入れられなかった共産主義が天皇陛下を頂点とする右翼社会主義として受け入れられる事になってしまいます。

位の低い軍人は当時危険度の割に安月給でした。ですから現場のきつさも知らずにお花畑全開な政治家とか、土地を貸すだけで働かなくてもお金がいっぱい入ってきていた地主のような金持ち連中の存在は許せないという気持ちは分からんでもないですよね。

そんな彼らに金持ちを皆殺しにしろという右翼社会主義の思想は抵抗なく受け入れられてしまったというわけです。当然、粛清の対象としては政治家とか金持ちが選ばれることになります。



その結果、1932年に犬養首相が暗殺された515事件のような軍部の暴走とも言えるようなテロ事件が頻発することになっていくわけです。

歴史の教科書では軍国主義とか国家主義とか書かれていますけど、実質は日本版共産主義に染まっていた連中によって起こされていた事件なわけです。これはね、きちんと教科書にちゃんと載せるべき事だと僕は思います。

 次回は満州事変前の中国情勢について解説していきます。



動画に使った画像たち








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 今回は5の倍数回と言う事で近代に入るとなぜか豹変する日本人というテーマで話をしていきたいと思います。

動画解説

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm28406481

ようつべ https://www.youtube.com/watch?v=733q3oDc_Uc


 和をもって尊しとなすという十七条の憲法やら江戸城無血開城等のように話し合いで解決する事を最善と考え、穢れを嫌う文化を昔から日本人は持っていたはずです。ところが、明治に入って近代化を達成すると突如としてそれらを捨て去り、いきなりアジア諸国()で虐殺やレイプを繰り返してきたとこういう不思議な話があるんですよね。



まずは日本人の国民性についてもう少し詳しく考えてみましょう。たくさんあると思うんですが、ここでは3つピックアップしていこうかなと思います。1つは話し合いの文化、もう1つは穢れを嫌う文化、最後に言霊思想です。



1つ目の話し合いの文化についてはとても分かりやすいので解説の必要性は無いかと思います。日本人って話し合い大好きですよね。何とか会議とか無駄に多いですし。だから協調性が生まれ団体戦とかチームプレイに強くなり、113にも4にもなるわけですよ。だから日本軍も強かったんです。軍なんて集団行動の究極形ですからね。



2つ目と3つ目についてはなじみの薄い言葉なので解説していきます。穢れを嫌う文化と言うのは簡単に言うと血とか死というものをけがらわしい物と捉え、できる限り避けようとする文化です。これは今の日本人にも通じるものがありますよね。かつての平安貴族はこの穢れを嫌う文化を色濃く持っていたために、武士をけがれた連中として雑に扱い、どれだけ手柄を立てても一向に出世できない状況にブチ切れた武士たちが幕府を開いていくことになるわけです。今の日本人でも軍事に対するアレルギーとも言えるような拒否反応を示す人が結構多いのは戦後教育の影響ももちろんありますが、元々日本人は穢れを嫌う文化を持っているという面もあるわけです。



最後の言霊思想については普通に生活している上で意識することは無いと思いますが、モロに今でも残っています。一番分かりやすい例を出すとすると、受験生の前で「落ちるとか滑るとか言うな」と言ったり、悪い事を想定すると「縁起でもない事言うな」みたいに言われたりって事があるじゃないですか。これがまさに言霊思想です。

つまり、口に出すとその言葉が力を持って現実になってしまうという考え方ですね。これは日本独特らしいです。実際には受験生に向かって落ちるや滑ると言ったから試験に落ちるなんてことはあり得ない話ですよね。しかし、日本では使ってはいけない言葉なんです。この言霊思想が根底にあるから日本人は想定外の出来事に弱いという民族的特徴があるんですよ。

ヨーロッパだったら例えば原発を立てますよって時には「もし大事故が起きて付近に誰も住めないような状況になったらどうするか」という最悪の事態を想定して予め対策を立てます。しかし、日本では最悪の想定をすると最悪の事態が起きてしまうわけですからそもそも最悪の想定をしないんですよ。だから福島でいざ事が起きてしまった時にも対応が後手に回ってしまいましたし、住民がどこへ行けばいいのかという事も全く決まっていませんでした。



 さて、ここまで解説したような特徴を昔の日本人だけでなく今の日本人も持っているわけです。にもかかわらず明治以降近代化が進んだ時期においてだけ、これらを突如として放棄し、アジア諸国()で虐殺とかレイプをやりまくっていると。これは極めて不自然な話だと思いませんか。



できれば戦わずに済ませたいと願って日露戦争前にも大東亜戦争前にもロシアやアメリカと何度も交渉し、話し合いをしようとしてきた日本が、韓国を併合した時にも両国の話し合いによって普通ではありえない対等な条件での併合を行った日本が、穢れを嫌い、古くから戦いが終われば敵ですら殺さずに迎え入れてきた日本が何をどう間違ったら性奴隷20万人とか民間人30万人を虐殺したりするんですかね。僕にはよく分かりません。



 次回は世界恐慌と515事件について解説していこうと思います。チャンネル登録、お気に入り登録をよろしくお願いします。


 前回の動画のコメントで財政の話を無視するなとかディテールを知らなさすぎるというコメントをいただきましたので、これについて少しだけいい訳をさせてください。ぼくのこの動画シリーズはあくまで近現代史を勉強してみたいんだけど難しいと感じている人とかこれから近現代史を勉強するであろう中高生とかをメインターゲットとして作っています。

 そしてあわよくば、歴史って今とつながってるんだなと感じてもらいたい。そういう想いで作っているんですよ。細かい所に行きすぎるとどうしても動画が長くなりますし、複雑で分かりにくくなりますよね。ですからこの後の展開を考えながらどうつなげていけば分かりやすいかを優先的に考えて的を絞って作っています。このあたりを理解して頂ければ幸いです。


動画に使った画像の一部








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今回は幣原が外務大臣にいたころの重要な出来事としてロンドン軍縮会議について解説していきます。

動画解説

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm28356448

ようつべ https://www.youtube.com/watch?v=1vHvbWZYm0k


66回の動画でワシントン会議の解説をした時に戦艦の保有比率が決まった事と日英同盟が無くなってしまった事を解説しました。実はこの時制限されたのはあくまで戦艦だけで、巡洋艦や潜水艦には特に制限がなかったんですよ。だからこういった軍艦についてはそれぞれの国で好きに造ることができたわけです。

ところが、この巡洋艦の分野において日本はアメリカやイギリスよりも高性能な物を作る技術をもっていたんですね。そこでアメリカやイギリスは軍縮を建前に日本の補助艦の数を抑え込む動きに出ます。これがロンドン軍縮会議です。

ところが、この時の外務大臣は前回解説したお花畑平和主義者幣原喜重郎ですから「軍縮が進めば世界は平和に近付くよね」と言う事で軍縮に同意してしまいます。結果としては英米10に対して日本は7しか補助艦をもてない事になり、日本にとっては死活問題ともいえる状況が生まれることになります。


日本人は決められたルールの中で最適解を探し出し勝とうとしますよね。しかし、白人達というのは自分たちが勝てなくなりそうになるとルールそのものを変えてくるわけです。いまでもオリンピックなんかで自分たちが勝てなくなってくるとルールそのものを変えて来ますよね。これと同じです。



さて、当時の男義の無いジャイアンは日本と戦争をする気満々だったわけです。ですから当然、日本の戦力をできるだけ減らそうとしてくるのは当たり前と言えば当たり前ですね。

ワシントン会議において主力戦艦をアメリカより少なく抑えられていた日本は苦肉の策としてアメリカと戦争になったら潜水艦を大量に投入して水面下からの攻撃で数を減らした上で迎え撃つという国防方針を取っていました。そうでもしないと初めから数で負けているわけですから対抗できませんよね。にもかかわらず、補助艦までアメリカの7割しか持てない事になってしまったわけです。つまり、ガチで殴りあったら数で負けてしまう日本海軍がアメリカに対抗するためにひねり出した策がこの会議によって根本から成り立たなくなってしまったという事です。


お花畑の幣原には分からなかったのかもしれませんが、これがいかに日本にとってヤバイ状況かってのは想像できますよね。ですから当然、状況が分かっていた有識者や海軍関係者からは激しい非難を受けることになります。当然、軍部としてもこんなふざけた取り決めをやってきた政府は信用できませんから軍部VS政府という対立が生まれてしまうことになってしまいます。



つまり、幣原のお花畑平和外交によって対外的には前回解説したように世界で孤立を深め、国内的には本来協力していかなければならないはずの政府と軍部の対立という状況を生み出してしまったわけです。


で、この対立を利用して野党が「憲法には天皇は陸海軍を統帥すとあるのにこんなふざけた軍縮に勝手に同意してくるのは統帥権を犯すものだ」と騒ぎ始めることになります。そして最終的には内閣は軍に干渉できない事になってしまい、これ以降軍部は政府の命令なしに動く事ができるようになります。そしてこのあたりを機に日本の議会政治は形だけのものとなっていくことになります。そして世論も現実を無視したバカなことばっかりやっている政府を支持するはずもなく軍部寄りになっていきます


民主党政権の時に現実を無視してできもしない事をやると言いまくった結果、結局何もできるはずもなく今も民主党は迷走を続けていますが、当時の日本も似たような状況に陥っていたと言えるでしょう。ちなみに統帥権干犯問題を騒ぎ立て、政治を混乱させて議会政治を殺した人物は一体誰かと言うと、現代のルーピーことポッポのおじいちゃんである鳩山一郎という人物です。血は争えないですね。



戦前の日本って軍部の暴走によって国民の意思とは無関係に戦争に巻き込まれたとか言う人っていっぱいいますよね。しかし、実際には政府の無能っぷりに呆れた国民に支持された軍部という構図があったわけです。



 次回は5の倍数回と言う事で「近代に入ると何故か豹変する日本人」というテーマで話をしていこうと思います。和をもって尊しとなすから始まり、話し合いの文化と穢れを嫌う文化をもっていた日本がなぜか近代に入るとアジア諸国()で虐殺をやりまくるという不思議について話をしてみようかなと思っています。チャンネル登録、お気に入り登録をよろしくお願いします。



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68回の動画でお花畑平和主義者幣原喜重郎の外交政策によって日本人は酷い目にあったという話をしました。その後しばらくは山東出兵など日本人を守る外交政策がとられましたが、1929年に再び幣原喜重郎が外務大臣に返り咲いてしまいます。

動画解説

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm28310059

ようつべ https://www.youtube.com/watch?v=PRuE9qb0H7M



1回目のお花畑平和外交で大失敗をやらかしていますから、普通なら反省して軌道修正をしますよね。ところがこの脳内チューリップ野郎は一切反省をすることなく、相変わらずのお花畑外交を繰り返すことになります。

この幣原喜重郎という人物、決して悪い人と言うわけではなかったと思うんですよ。頭は悪かったと思ってますが。ただ、世界中の人間が「話せば分かる」「こちらの好意に対しては好意で返してくれる」という現実を見ない理想論で動いていたんだろうと僕は思っています。



 ですから、中国に対しても譲歩に譲歩を重ねまくり「日本はこれだけ譲りましたよ。中国さんも反日やめて協力しようよ」と言い続けます。そして日本人が中国や満州で何度レイプされようが殺されようが全て無視し続け、守ろうという姿勢すら見せないという状況が生まれます。



 こんな状況ですから満州の日本人は理不尽に我慢させられ続けることになります。我慢するにしてもその我慢した先に何か希望があればまだマシですがそれすら何もないわけです。当時の満州の日本人の気持ちを考えるといたたまれない気持ちになりますよね。ハッキリいって満州の日本人が取れる対策なんて「被害に遭うのが嫌なら日本に帰って来る」くらいしかなかったわけです。しかし、明治時代から長年努力して作った生活基盤を放棄していきなり帰国しろと言われてもなかなかできないですよね。というかもしそんなことされたら日本経済は大打撃を受けますし、満州に住んでいた人たちにもその自覚はあったんだろうと思います。だから頑張っていじめに耐え続けていたわけです。



 しかし、そんな現地の日本人の頑張りをあざ笑うかのように幣原は中国に対し譲歩を重ねます。中でも一番重要なのは他の国々に何の相談もなしに中国の関税自主権を認めたことです。

 ただでさえ、第一次幣原外交で白人達は日本と中国はグルになって白人を追い出そうとしているのではないかと疑われていましたから、これは日本の抜け駆けとして白人達からは白い目で見られる事になります。



 これだけの恩恵を中国に与えたんですから当然恩には恩で応えてくれると幣原は思っていたんでしょう。ところが現実は理想とは程遠いものでした。日本が何をやっても反撃してこないと分かるやいなや中国は満州に共産主義者を送り込みまくり、排日運動を激化させていきます。この満州での反日行動が後の満州事変を誘発する結果になってしまうんですね。


 このような形でお花畑平和外交を再びやってしまった事で、中国人からはなめられ、白人達からは中国への野心を無駄に疑われることになり、日本は世界から孤立していくことになります。「好意には好意で返してくれる」「話し合い、譲歩しあえば何でも解決できる」という現実を無視したお花畑外交の結果、結局は誰からも信用されなくなり、戦闘状態にまで突入してしまうという最悪の結果に繋がってしまったと言えるでしょう。



これは今でも同じですよね。日本は戦後、中国に対しても韓国に対してもこれでもかってくらいに金を出し続け譲歩を重ねまくり、結果得られたものは何だったでしょうか。僕が知る限り、ディスカウントジャパン活動のような反日宣伝活動や反日教育といった日本を貶める活動くらいじゃないですかね。あとは捏造しまくりの歴史戦をしかけられたり、竹島不法占拠とか尖閣にちょっかいかけられてるとかですかね?あれ、良い事1つもないじゃないですか。

 話せば分かる、恩には恩で応えるといった常識が通じるのは日本人同士だからなんだという現実をそろそろ直視してもいい頃なんじゃないかと僕は思います。



 福島瑞穂とか田島系女子のような確信犯でやってる人ははじめから日本のために動く気はないので放置するしかありません。しかし、知らないがゆえに騙されているまだ目を覚ましてくれる可能性が高い人たちの方が多数派であり、そういった人たちには少しずつでも働きかけていく必要がありますよね。

 これから毎日、お花畑を焼こうぜ。

 次回は幣原外交の時期にあった重要な出来事と言う事でロンドン軍縮会議について解説していきます。チャンネル登録、お気に入り登録をよろしくお願いします。


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