日本人のための近現代社会 -26ページ目

日本人のための近現代社会

主に日本近現代史を日本人の立場から分かりやすく解説した動画をあげています。日記は投資について書いていきます。

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  今回は日独伊三国同盟の翌月に作られた大政翼賛会について話をしていこうと思います。

動画解説

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm29575561

ようつべ https://www.youtube.com/watch?v=ZeQU-35yXMo

 

ドM史観の先生から歴史を習った人は、国家総動員で戦争をするために大政翼賛会が作られ、大政翼賛会以外の政党は強制的に解散させられ、今の中国や北朝鮮のように国家の監視の下で形だけの選挙が行われたと思ってる人が多いと思います。この認識は半分正解ですね。逆に言うと半分はおかしいってことです。

 

 ぼくも学生時代は勘違いをしてたんですけど、大政翼賛会って政党じゃないんですよ。あくまで、これから巻き込まれるであろう戦争に対応するために作られた指導組織です。その役割は世論形成が一番で、「いざ戦争になったら国民が団結して立ち向かう」という空気を作り上げるということでした。国民団結しないと格上のアメリカ相手に勝負にすらならないですからね。

 

 また、大政翼賛会ができた結果、政党は無くなりました。しかし、これも大政翼賛会に参加するために議員達が「翼賛議院同盟」を作った結果なんです。別に国家によって強制的に解体させられたとか言う話ではありません。第二次大戦のヨーロッパ戦線が始まり、国際関係が緊迫してくると日本でも強力な指導体制が求められます。その結果、人気も名声もあった近衛文麿に期待が集まり、新体制作りの中心となります。そして野党もわざわざ敵対するよりは新体制の中に入っていった方がお得じゃんってことで翼賛議員同盟へとはいっていったわけです。要は政党再編の流れの一つにすぎないわけです。

 

 今だって民主と維新が合体して民進党とかいう政党ができましたよね。それと似たようなもんで、当時は翼賛議員同盟に入った方が当選できるわけですから、みんなそっちに行ったというだけの話です。今の選挙でも無所属で出た方が勝てるから「民進党だけど無所属で出馬」とかありますよね。当時も「政友会だけど、翼賛議員同盟で出馬」みたいな事があったわけです。

 

もちろん国会だってそれなりに機能していました。予算審議権も内閣不信任決議権もありました。もし本当に軍国主義1党独裁状態になってたんだとしたら戦争の真っ最中に東條内閣に不信任案が出て総辞職なんてありえないですよ。選挙にしたって、今の中国や北朝鮮のように大政翼賛会が監視を行って形だけの選挙をやってたんだとしたらあの国のように投票率100%、全員翼賛議員が当選となるはずですよね。ところがそうはなっていません。反政府の人間も結構な数当選しています。この表のグレーの部分が大政翼賛会の推薦外の人たちです。

 

  たしかに翼賛会の世論誘導の結果は出ていて賛成派が8割という割合にはなっています。しかし、逆に言えば誘導しまくったにもかかわらず2割もの反対派の議員が当選したという事実もあるわけです。独裁国家ではこうはなりませんよ。さらにアメリカでも日本=悪という宣伝をやりまくって反日世論を作るなど世界のどこの国でも似たような事はやっていたわけです。日本だけが悪いというのはこれもまたおかしな話です。僕自身は偏向報道はいかんと常々思っていますが、そもそも偏った世論誘導そのものをアウトだというのであれば、今の日本のマスゴミなんて完全にアウトじゃないですか。

 

 偏りまくりの世論誘導をやりまくった結果、悪夢の3年半の民主党政権が生まれました。

「政府やメディアの言う事は何でも正しいとは限らない」

これは、常に頭に入れておかないといけないと僕は思います。

 

 次回はこの頃に台頭してきたと言われるファシズムについて話をしていきます。

 みなさん、ファシズムってよく聞くけど具体的になんなの?と聞かれて答える事ができますか?多分できないと思うんですよ。次回はなんでみんなそうなのかっていうあたりから話をしていきます。

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先週は高熱を出し、動画更新をさぼってしまいすいませんでした。艦これ夏イベやってたせいで撮影と編集が遅れてしまったというのも大きいんですけどね。そこを高熱に襲われどうにもならなくなりました。やっぱりやるべき事をやってからゲームはやるべきですね。

  さて、今回は鹿児島・人吉回の2回目という事で今回は人吉での体験について簡単に報告しようと思います。

動画解説

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm29529598

ようつべ https://www.youtube.com/watch?v=SreZhD9hfzc

 

  人吉では「球磨川のほとり」という完全無農薬無肥料にこだわって野菜や鶏を育てていらっしゃる方々と交流し、生きた鶏を絞める現場を見させていただきました。また、実際に作っている野菜やコメ、鶏肉を使ったBBQを用意してくださり、おいしくいただく事ができました。

 

 この野菜がめちゃくちゃおいしくてですね。BBQのはずなのにみんな野菜を生でバリバリ食べてるっていう不思議な光景がありましたね。中でも意外だったのがピーマンですね。ピーマンって普通苦いじゃないですか。ところが、ここでいただいたピーマンって苦みがほとんど無いんですよ。これなら苦いのが嫌でピーマン食べれない子供でも普通に食べられますね。生産者の方が言うには「肥料とか農薬を使うとピーマンに苦み成分が生まれてしまう」んだそうです。あと、ジャガイモがめっちゃおいしくて11個平らげた猛者もいました。

 

 鶏を絞める所では本当に元気な鶏を殺して血抜きをしてから熱湯につけて毛を抜きやすくし、抜毛してから解体する所をすべて見させていただきました。さっきまで元気に動き回ってた鶏がものの30分もたたない内に食肉として見慣れた形になっていく様は小学生並みな感想を言わせてもらうとホントにすごかったです。

 スーパーで手羽先とか5本とか6本組みで売られてるじゃないですか、あの中には3羽の命があったんだなぁと思うと感慨深いものがありました。最近は飽食の時代とか言われて平気で食べ物を残すし、子どもなんかは嫌いなものは残して当たり前だと思ってる子が多いじゃないですか。「残さず何でも食べましょう」何度言っても分からない子供でも、一回これを見せればね、おそらくちゃんと食べるようになると思いますよ。

 日本にはいただきますとごちそうさまという素晴らしい文化がありますが、その意味を改めて考えさせられました。日本は消費する食糧の6割を輸入しているにもかかわらず大量に廃棄していますからね。

 

 「球磨川のほとり」はホームページとFBをやってらっしゃるので興味のある方は動画説明欄のリンクから飛ぶか「球磨川のほとり」で検索してみてください。野菜のネット通販も早いもの勝ちにはなりますがやってますので、ぜひ応援してあげてください。なんか宣伝みたいになってますが別にお金とかもらってないですよ。同じ熊本で頑張ってる人を応援したい。これはね、人として普通の感覚ですよ。

 

 さて翌日には味噌造り体験と球磨川でのラフティングをやりました。味噌も手作りで作るとなると結構根気のいる作業でビニールに入れた大豆をひたすら無心に潰しましたね。で、今回やったのが発酵して味噌になるのは来年ということでした。

 ラフティングでは球磨川の大自然を満喫することができ、とても面白かったです。途中の飛び込みポイントでKAZUYAさんが座り込みを始め、崖上まで強制連行されたり、神谷先生が船をひっくり返しに来たりとなかなかに楽しかったです。ま、まぁ僕は余裕で飛べましたけどね(へっぴり腰でした)。

 神谷先生には今回の企画で初めてお会いしたんですけど、すごく楽しい人で良い意味で政治家っていう感じがあんまりしなくて好感の持てる人でした。こういう人が将来日本のリーダーになれば日本変わるなって思いました。神谷先生の来られるツアーにはぜひまた参加したいですね。まぁお金がかかるので金の無い現代の若者としてはたまにしか参加できないでしょうけどね。そして参加して金を使うと目標にしている本の出版は遠のいていくというジレンマもあるという・・・。

 10月にも神谷先生のツアーが京都でありますので、そちらの案内も動画説明欄のリンクに貼っておきます。ホントは僕も参加したいんですが、お金の都合で厳しいのでせめて宣伝だけでもさせていただこうと思います。

 

 知覧については歴史動画本編で特攻を取り上げる時に紹介していきます。チャンネル登録、お気に入り登録をよろしくお願いします。

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せっかくくまモンのぬいぐるみが映っているので、動画でしゃべらせてみる事にしました^q^

動画解説

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm29436286

ようつべ https://www.youtube.com/watch?v=PTcccGB3CCk

 

今回は大政翼賛会について解説する予定でしたが、予定を変更して857日に行われた神谷先生主催のバスツアーで感じた事について話をしてみようと思います。

カズヤさんが参加されると何故か雨に降られる事が多いという話でしたが、今回はそのジンクスをふっ飛ばして見事晴天に恵まれました。ぼくは晴れ男ですからね。

 

日程としては、初日に知覧の特攻平和記念館で鳥浜さんという、当時特攻兵が利用していた食堂で主人をしていた方の子孫にあたる方から話を聞くなど、70年前の戦争について学び、2日目には西郷隆盛のひ孫さんと一緒に幕末・明治初期の偉人たちがどんな思いで行動していたのかを学びました。また場所を人吉に移し、いただきますとごちそうさまの意味を改めて学び直しました。最終日には午前中にラフティングを体験してから歴史ある国宝の青井阿蘇神社の宮司さんからお話を聞く事ができました。

夜も楽しく飲む事ができ、2日目に合宿所みたいな所にみんなで泊った時にKAZUYAさんだけが個室だったのが印象的です。飲みすぎてトイレの個室だったんですけどね。

 

 知覧での話は歴史動画本編の方でおいおい話をするとして、今回は西郷さんの話をメインにしていこうと思います。隆夫さんが父親に勘当された後の話など感動的な話がたくさんあったんですが、たくさん書くときりがないので、今回は西郷隆盛という人物を知るにあたって一番分かりやすい話を1つ紹介しようと思います。

 

 戊辰戦争において今の山形県にあたる庄内藩は幕府軍として最後まで戦い続け、明治政府軍を苦しめます。しかし、周りの幕府方に就いた藩は次々に降伏していき庄内藩が単独で戦ったところでどうにもならない状況にまで追い込まれてしまいます。そこで庄内藩主は領民まで巻き添えにして殺してしまうわけにはいかないという事で降伏する事になります。

 庄内藩は最後まで降伏せずに手こずらせたわけですから当然厳罰を覚悟していました。ところが政府軍の代表者として来た黒田清隆はとても謙虚な姿勢で対応に当たり、ほとんどおとがめなしで許してしまうんですね。

 これには庄内藩の領民たちもびっくり仰天です。自分たちを生かすために切腹しに行った領主が何の罰も受けずに帰って来たわけですから当然ですよね。で、後から黒田清隆の姿勢は西郷隆盛が与えた指示によるものだと分かるんです。

 

 西郷さんからしたら、日本を一つにまとめて外国に対抗しないと植民地にされてしまうという想いもありましたし、最後まで幕府への忠を貫いた庄内藩への敬意もあったんだろうと思います。

 そして西郷さんの事を知った庄内藩からは西郷隆盛というのは本当にすごい人物だという事で、70人もの庄内藩の若者たちがわざわざ山形から鹿児島まで教えを乞いに行くという事態になります。これによって出来上がった本が「南洲翁遺訓」といういわば西郷さん語録のような本になります。

 西郷さんは「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらない」という人でしたから、本人の写真も本も残っていません。ですからこの「南洲翁遺訓」というのは西郷さんの考えがまとまって残っているほぼ唯一のものらしいです。つまり、庄内藩の西郷さんを愛する気持ちがあったからこそ、西郷さんの教えが今に伝わったんですね。そして今、子どもたちでも分かりやすく理解できるようにという事でこういう本まで出ています。まさに想いをつないで今に至っているわけです。これは素晴らしい事ですよね。

 

今回の3日間の旅で想いをつないでいくことの大切さと難しさを改めて実感しました。そして先人たちの努力や想いがあって今の平和な日本が成り立っているんだという事を強く実感することができました。

 

ここで冒頭の西郷隆夫さんの言葉に戻りたいと思います。

      「咲いた花を喜ぶならば、咲かせた根っこの恩を知れ」

隆夫さんは何事にも感謝を忘れてはいけないという意味でこの言葉をおっしゃっていたと思いますが、僕はこの言葉はまさに今の日本の事だなと思いました。今の日本人は平和で裕福という花を享受するばかりで、その根っこにある花を咲かせた先人たちの事をあまりにも蔑にしてはいないだろうか。僕はそう言いたい。

さらに言うなら、僕たちだって後の世の人たちから見れば先人となっていくわけです。一人の人間として、日本人としてどんな想いを残していきたいですか?こういった事を時々でいいから考えていくことは大切な事なんじゃないだろうか。隆夫さんの話を聞いて僕はそんな事を思いました。

 

次回は鹿児島人吉の旅第2部という事で人吉編をやりたいと思います。さっさと歴史やれよってツッコミを受けそうですが許していただけると幸いです。チャンネル登録・お気に入り登録、読者登録をよろしくお願いします。

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 前回の動画で第二次世界大戦のヨーロッパ戦線についてザックリと解説しました。今回からは日本が第二次世界大戦にいかに巻き込まれていったかという話をしていこうと思います。まずは真珠湾攻撃の1年前、日独伊三国同盟について話をしていきます。

動画解説

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm29296475

ようつべ https://www.youtube.com/watch?v=rhaEMotskMg

 

 前回解説したように第二次世界大戦のヨーロッパ戦線でドイツはフランスを相手にとんでもない強さを見せつけます。すると日本では、「ドイツすごいじゃないか。ドイツと手を組めば日本は安泰だ」という声が大きくなり、朝日新聞なんかではドイツとの関係を重視するキャンペーンが大々的に行われ「バスに乗り遅れるな」的な流行語まで誕生する事態になります。

 

 当時の日本は反日を続け、蒋介石に援助をしまくっていたイギリスやアメリカに対して強烈な不信感を抱いていましたから、日本の世論がドイツ寄りになるのは分からんでもないですよね。そんな状況でドイツはイギリス本土への侵攻が失敗し長期戦が見えてくると、日本に近づいてきます。

 ドイツの狙いは何だったかというとアメリカのヨーロッパ戦線への参戦を阻止する事です。ドイツからしたらフランスはあっさり倒せたもののイギリスはなかなかに手ごわかったわけです。簡単には勝たせてくれません。そんな状況でアメリカがイギリス側で参戦という事になってしまったら勝ち目がありません。そのため何としてでもアメリカの参戦だけは阻止しないといけなかったんです。だから、アメリカがイギリスに対して輸送船で大量の物資を輸出していたのを知ってはいても第一次大戦の2の舞にならないようUボートで撃沈はあえてしていないんですね。

 

 同盟を持ちかけられた日本も考えていた事は同じで当時の近衛首相の手記にはこのように記してあるそうです。

 「日米関係は極端に悪化し、特にシナ事変以降はどうにもならない。こんな状況では松岡外相が言う通り親善外交とか譲歩では国交改善の余地は無い。歴代の外相は対米交渉において血のにじむような努力を重ねたが何の効果も無い。もはやアメリカに対して話し合いでの解決は絶望的である。ここまで来てしまったら日独ソの連携によってアメリカを反省させる以外に道がない。つまり、日独ソの連携の最終目的は日米外交の調整のためである。大嫌いなソ連との連携に私が賛成したのは、もうこれ以外にアメリカとの関係を修復する手段がないからである。またこれによって起こるソ連の脅威は日本とドイツが東西から挟む事によって牽制できると信じたからである」

 

  しかし、ドイツの反対でソ連を同盟に引き込むことはできず、日本はソ連と単独で日ソ不可侵条約を結ぶ事になります。ところが、こうした日本の希望もドイツが独ソ不可侵条約を破ってソ連に攻め込んだことで水の泡になってしまいます。はじめから攻め込む気だったわけですからドイツが四カ国同盟に反対ってのは当たり前の話ですね。

 

 日独伊三国同盟って言うと、日本がアメリカと戦争をやるために結んだ軍事同盟みたいに習っている人が多いと思いますが、実際の目的は全く逆でアメリカとの戦争を避けるためだったわけです。

 結果的にはドイツがわけの分からん事をやってくれたせいで全て裏目に出てアメリカの参戦という事態になってしまいました。しかし、最後まで和平を望み、アメリカに対しても譲歩を重ね続けてきた日本人が松岡外相をはじめたくさんいたわけです。これに対し、日本の譲歩もどこ吹く風でたった10分の1しか国力のない日本を叩き潰す事しか頭に無かったアメリカに正義を語る資格は無い。僕はそう言いたい。

 

 現にこの日独伊三国同盟の後、アメリカがやった事ってのは正義とは程遠いものです。実際には民主主義国家だった日本の事をイタリア、ドイツというファシズムの国と同盟を結んだからあいつもファシズムに違いないとレッテルをはり、独裁侵略国家日本という悪のイメージで日本を貶めます。そして自らを民主主義のために戦う正義の味方に仕立て上げたわけです。

 まぁ実際やっていたことは本物の正義の味方が見たら怒りを通り越してあきれるレベルですよ。 次回は悪名高き大政翼賛会について解説し、その後ハルノート・真珠湾攻撃と話をしていこうと思います。

 

 よく勘違いされるんですが、僕は別に今のアメリカとかアメリカ人が嫌いなわけではないんですよ。ただ、当時の日本人が受けた屈辱とか、それに負けずに立ちあがった先人たちの誇りとか勇気を考えたら、アホ面 さらしてアメリカ大好き~とか言えるわけねーだろってだけの話です。

 

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