日本人のための近現代社会 -21ページ目

日本人のための近現代社会

主に日本近現代史を日本人の立場から分かりやすく解説した動画をあげています。日記は投資について書いていきます。

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 先週、先々週と更新をさぼってしまい申し訳ありませんでした。甲作戦の攻略自体は3日で終わったんですが、その後の「出ないなら出るまで掘ろうホトトギス」が難航しまして更新できませんでした。

 さて、今回は大東亜戦争における日本の偉業その2という事で、「大東亜会議」について話をしていこうと思います。大東亜会議って言われても、学校の授業で習ったよという人はほぼいないと思いますし、日本での知名度は限りなく低いです。しかし、この会議って実は世界史的に見ても超重要な会議なんです。

 

 前回の動画で解説したように1943年の10月に長年白人達から支配されていた東南アジアに独立国家が誕生しました(ビルマとフィリピン)。そこで11月にはアジアの指導者を集めての初めての首脳会議が開かれる事になります。これが大東亜会議です。

ですから参加しているのは当然有色人種だけです。

 近代以降、有色人種は奴隷として白人に使われているのが当たり前の世界でしたからこの会議が行えたってだけでもホントにすごい事なんです。近代以降有色人種のみで行われた首脳会議ってのはこれが初めてですからね。そういう意味でも世界史的に重要な出来事なんです。植民地にされてる間は首脳会談なんてできるわけがありませんから当たり前と言えば当たり前なんですけどね。

 

 さて、大東亜会議の中身に入っていきましょう。重要な事は主に2つです。 1つ目は参加7カ国による大東亜共同宣言の採択です。

 内容をザックリ説明すると、

「世界の民族が独立し、お互いに助け合って発展していくためには世界平和の確立が根本である。しかし、米英は自国の繁栄のために有色人種を武力で押さえつけ、特に東アジアに対して侵略と搾取を行い奴隷にしようとしている。その結果が東アジアの安定そのものを覆すものとなっている。そこで、我々東アジアの国々は手を取り合って大東亜戦争を戦い抜くことで白人支配から解放し、その自存自衛を全うするために次の綱領に基づいて大東亜を建設し、世界平和に寄与するものとする。」

 という前文のもと次の5つの綱領からなる宣言を出しています。

1、東アジアは協力して安定を確保し道義に基づく共存共栄の秩序を作ります。

2、東アジアはお互いの独立を尊重し、助け合いながら東アジア諸国の友好を確かなものにします。

3、東アジアはお互いに伝統を尊重し、諸民族の創造性を伸ばし、それぞれの文化を高めあいます。

4、東アジアは互いに連携して経済発展に努め、東アジア全体で繁栄できるようにします。5、東アジアは世界各国と交流を深め、人種差別を撤廃し、互いに文化交流を行い、資源解放をして世界の発展に貢献します。

 

 この宣言は日本語で出されたんですが、日本人というよりは参加した外国がこの宣言に大喜びしたんだそうです。余談ですが、大東亜共同宣言に対抗する形で12月に英米は「カイロ宣言」をだし、これを基にポツダム宣言が作られる事になっていきます。ちなみにカイロ宣言っていうのは「日本は軍国主義侵略国家であり、野蛮な日本に英米は鉄槌を下す」というようなものですね。

←日本を含めた有色人種の反応

 当然このカイロ宣言には有色人種はほとんどノーリアクションでスルーしています。有色人種がどう思っていたのかはリアクションの差からも明らかですよね。

 

 ちなみにこのカイロ宣言って有色人種からすれば「このバカ何言ってんの?」ってレベルなんですけど、実は白人側から見たら正論なんですよ。どういうことか。

 白人達は植民地の奴隷的支配によって大して働かなくても優雅な暮らしができるという状態が500年近く続いていたわけです。そこに日本が現れて、白人達の植民地を次々と潰してあろうことか独立させて行ってしまうと。そうなると白人達は自分たちも働かないとまともな暮らしがができなくなってくるじゃないですか。ですから白人達の眼に日本は生活基盤や財産を破壊する野蛮人に見えたでしょうね。

 2つ目は参加した各国が対等の立場で物を言える会議だったという事です。共同宣言にも随所に対等の関係性が打ち出されていますし、会談自体も和やかな雰囲気で行われたものの、決して日本の計画通りに全てが進んだというわけでもありません。大東亜共同宣言への修正提案が却下されたタイの代表が会議への批判を行うなど緊張感も伴っていました

 植民地と宗主国とか、日本の操り人形みたいな関係性だったとしたら日本の批判なんてできないですよね。そういう意味でも近代始まって以降初めての有色人種による対等な首脳会談だったと言えるわけです。こんなにすごい事をやってのけたのに日本の教科書にはなぜか載っていない。ホントに意味が分かりませんね。

 

次回はインパール作戦について解説していきます。読者登録及び動画のチャンネル登録・お気に入り登録をよろしくお願いします。

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 ミッドウェー海戦以降暗い話の多かった動画シリーズなんですが、今回と次の大東亜会議は明るい話題になります。という事で今回は日本軍が白人達を一時的にとはいえ追い払った結果生まれた独立国家について話をしていきます。具体的にはビルマとフィリピンですね。

 ほんとはインドもやりたかったんですが、尺の都合で114回で解説するインパール作戦でまとめて話をします。

動画解説

youtube https://www.youtube.com/watch?v=mOzBhIz5tcg

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm30610653

 まずはビルマです。真珠湾攻撃から2カ月後となる1941年2月、ビルマ独立を目指していた青年たちを集め、日本の指導の下軍事訓練を行います。訓練の目的はもちろんビルマ人の手でビルマの独立を勝ち取る事です。そして1年の訓練を経て1942年12月には現地の日本人も加わってビルマ独立義勇軍が組織されることになります。そして、日本軍がラングーンを攻略すると一気にビルマへと攻め込みイギリスを追い払います。はじめはたった250人弱だった義勇軍なんですが、ビルマに攻め込む頃には4万人の大部隊になっていたんだそうです。現地人がどれだけ白人の支配からの解放を望んでいたかがよく分かりますよね。

 この時にイギリス軍によって刑務所に入れられていた独立運動家バ・モウ氏が釈放され、ビルマの初代大統領となり8月に独立宣言を行う事になります。その中には協力してくれた日本への感謝が謳われています。

 

 「約50年前、ビルマは3度にわたるイギリスとの戦いで独立を失ってしまった。ビルマは搾取され、物質的な資源だけでなく文化や言語すら奪われてしまった。愛国者はことごとく刑務所に入れられ拷問の末殺された。ビルマ人はアジアを一つにまとめてアジアを救うに足る指導者を熱望していたが、大日本帝国にその光を見た。ビルマ人はビルマに対する最大の貢献をしてくれた日本への感謝を永久に記録にとどめておきたい

 

 ちなみに日本の敗戦が濃厚になってくるとビルマ共産党とアウンサン率いるビルマ国民軍がクーデターを起こしてイギリスに寝返ったため1945年にはまたイギリス領になってしまい、再び独立戦争を戦うハメになってしまいますがこれはまた別の話ですね。

 

 次にフィリピンを見ていきましょう。フィリピンは秀吉の時代からずっとスペインの植民地だったんですが1898年にアメリカがスペインと戦争を始めます。するとアメリカはフィリピン人に対し、「スペインを追い出すのに協力してくれたら戦後の独立を約束するよ」と持ちかけます。結果としてアメリカを信じた地元の革命軍の協力でスペインに勝つ事ができました。

 しかしアメリカはフィリピン独立の約束を完全に無視してフィリピンの併合を宣言することになります。そして約束を守らなかったアメリカに抵抗するフィリピン人が少なく見積もって20万人程殺されています。ちなみにこの虐殺を指揮したのが日本で有名なダグラスマッカーサーの父であるアーサー・マッカーサーですね。

 その後約50年にわたってアメリカの植民地となり、109回動画で解説したように日本軍が米軍をフィリピンから追い払った事でようやく1943年に独立宣言を出す事ができています。さらに、日本が負けた後、アメリカは親日政権をぶっ潰し再度植民地化しています。しかし、戦前からのアメリカとの約束に従ってたった1年で再び独立を成し遂げることができています。50年前はあっさりと約束を反故にしたアメリカがなぜこの時は約束を守らざるを得なかったのか。理由はこの動画シリーズを見てくださっている方なら察しがつくのではないでしょうか。

 

 教科書にはよく、1945年に日本が敗戦し、アジア諸国は日本の植民地だった朝鮮や台湾、東南アジアの国々は解放を喜びましたみたいに書いてある事が多いんですが、んなこたぁないんです。日本が負けた後は再植民地化のために白人が戻ってきていますからね。

 大東亜戦争によって独立の可能性を信じたアジア諸国は独立戦争を戦って独立を勝ち取っているんです。侵略者日本が負けてはい平和なんてバカな話はありえないんですよ。

 次回は教科書に載らない大東亜戦争の功績第2弾ということで大東亜会議について話をしていこうと思います。大東亜会議って聞いて「あ、それ学校で習ったよ」って人ほとんどいないと思うんですよ。詳しくは次回動画で話をしますが、この会議の世界史的意味ってものすごく大きいんですよ。この会議があったから戦後のアジアが独立戦争を戦えたと言っても過言ではない。それくらいにでかい意味を持つものです。なぜか今の教科書にはほとんど載ってないんですけどね、不思議ですね。

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 106回動画でミッドウェー海戦の解説をした際に、日本軍はミッドウェー島のほかにも陽動としてアリューシャン方面にも空母を含む艦隊を出したという話をしました。結果としては、この陽動は米軍に暗号を解読されていたため、スルーされ、アッツ島やキスカ島は楽に占領することができました。

 しかし、ミッドウェー海戦やガダルカナルをめぐる争いでアメリカが圧倒的に優位に立つと、アリューシャン方面の島々も取り返しにかかります。そしていよいよ1943年5月、アメリカ軍は2600人の日本軍が守るアッツ島に4倍近い11000人の兵士を上陸させ、戦いが始まる事になります。

動画解説

youtube https://www.youtube.com/watch?v=qt0gZXTYAoI

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm30563907

 

 ところが、日本軍は霧の深い5月に米軍が上陸することはないだろうと考えていて、上陸があるとしてもアメリカ本土に近いキスカ島からだろうと予想していました。そのため、ただでさえ兵力に差がある状況でさらに対応が後手に回ってしまう事になってしまいます。結果としてはアッツ島の守備隊の必死の抵抗も空しくアメリカ軍の圧倒的な兵力と豊富な武器弾薬の前に負けてしまいます。

 そしてこの戦いで最後の突撃をする前の日に、山崎部隊長から1通の電報が本国におくられます。内容としては「私の部下たちは最後まで懸命に戦いましたが力及びませんでした。アッツ島守備の任務を全うできず申し訳ありません。将兵の遺族にどうか特別のご配慮をお願いします。なおこの電報を送りし後、無線機は敵に使われぬよう全て破壊します。」といったものです。

 

 報告を聞いた天皇陛下は目を閉じてしばしの沈黙の後、参謀総長に対し「アッツ島部隊はよく戦ってくれた。この事をアッツの守備隊に伝えよ」と命令されたんだそうです。参謀総長は報告を間違えて受け取られたと思い「彼らはすでに無線機を破壊しており、お言葉を伝える方法がありません。」と答えると天皇陛下は「それでも構わないからそういう電報を発してやってくれないか」とおっしゃられたんだそうです。この時の陛下の気持を考えると何とも言えない気持ちになりますよね。あり得ないとは思いますが、この話から「天皇ってそんなことも分からないアホだったの?」くらいにしか思えない人がもしいるとしたら、病院を受診するか祖国に帰る事を強くお勧めします。

 

 さて、アッツ島がアメリカ軍の手に落ちた事で窮地に陥ってしまったのがキスカ島にいた日本軍です。東にはアメリカ本土、西にはアッツ島のアメリカ軍という形で完全に挟まれてしまう状況になってしまいました。当然、制空権も制海権もありません。これではさすがにどうにもなりませんからキスカ島からの撤退作戦が立てられる事になります。

 

 この時の司令官が「帰ろう。帰ればまた来れるから」の言葉で提督たちの間では有名な木村小将ですね。状況としてはアッツを取られた事によって制空権も制海権もアメリカに奪われてしまっていましたから、日本兵を救出するためには米軍の飛行機にも船にも見つからずにこっそりと行う必要がありました。そのため、立ち込める霧にまぎれての撤収というかなり運に左右される作戦を立てざるを得ないという状況でした。見つかってしまったら全滅してしまいますからね。

 結果としては1回目の出撃では残念ながら島にちかづいた時には霧が薄くなってしまったために一旦引き返し、再度出撃して奇跡的に無傷で守備隊5200人を撤退させる事に成功しています。

 

 余談ですが、2回目の撤退作戦の時、なぜかアメリカ軍の飛行艇のレーダーがアッツ島沖の日本軍が全くいない所で反応し、アメリカ軍の艦艇はこれを日本軍の艦隊だと誤認して出撃しています。さらに、不思議な事に現地に着いたアメリカ艦隊の一部は濃霧の立ち込める中、誰もいないのにレーダーが反応し砲撃を開始するも40分後に反応は消失したと言います。そしてこれを日本軍の艦隊を撃破したと勘違いしていたんだそうです。

 つまり、日本軍が決死の覚悟で濃霧の中キスカ島に突入したピンポイントのタイミングでアメリカ軍は全く別の場所で誰もいない所で砲撃戦を行っていた事になるわけです。そして日本軍の救出作戦が終わってから再びキスカ島周辺にアメリカの船が戻ってきて警戒を始めるという不思議な状況があったんですね。さらに後日、キスカにアメリカの偵察機が様子を見に行った際に、日本軍全員が撤退していたにもかかわらず、対空射撃を受けたと報告したため、キスカ島攻略作戦が立てられ、アッツ島の日本軍の抵抗を経験しているアメリカ軍は極度の緊張状態で上陸し、誰もいないキスカ島で味方を敵と間違え、同士打ちで100人の犠牲者を出しています。こうした状況を見た当時の人たちの間には、アッツの英霊たちが死してなお助けてくれたに違いないという噂まで流れたんだそうです。

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 「好きなことすら努力できない人間が、仕事などしなければならない事をまともにできるはずがない。

 

  今回は5の倍数回という事で歴史から離れまして、日本に古くからある言霊思想に絡めて少し話をしていこうと思います。

動画解説

ようつべ https://www.youtube.com/watch?v=Envc28U1FGA

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm30513707

 

 言霊っていきなり言われても何だよそれって人が多いんじゃないでしょうか。あと別に宗教的な話をしようってわけじゃありません。

 言霊っていうのは分かりやすく一言で言うと、「言葉に出すとそれが現実になってしまう」という感覚ですね。

 一番分かりやすい例としては受験生の前で落ちるとか滑るとかいう言葉を使うなってよく言うじゃないですか。この感覚です。別に受験生の前で、スキーに行ってきた話とか階段ですっ転んだ話をしたからってその子が試験に落ちるかどうかとは全く関係ないですよね。それなのに多くの日本人に受験生の前で言ってはいけない言葉として認識されてます。つまり、普段意識することはないと思いますが、言霊という感覚を僕たちは当たり前に持っているんです。

 だから「縁起でもない事言うな」みたいに悪い事をあまり想定したがらないために、問題が起きてしまってからオロオロするというパターンがよくあります。

 先週のニコニコのコメント欄に、言霊について平成に入ってから日本が成長しないのは「長をらにする」という言霊が働いてるんじゃないかという指摘があって、なるほどって思いました。

 

 ここまでの話だと言霊思想ってデメリットばっかじゃんって思いますよね。このままじゃタイトル詐欺になってしまうのでちょっと見方を変えてみましょう。言葉にすれば現実になってしまうんだとしたら、ポジティブな言葉とか前向きな言葉をどんどん口に出していけばいいじゃないですか。そしてこの口に出すっていうのは結構大事な事なんです。口に出すだけで終わってたらダメなんですけどね。

 

 何か目標とかやりたい事があっても口に出さないで自分の中にしまってたら実現する可能性って限りなく低いんですよ。だって自分以外誰も知らないわけですから当然応援してくれる人もいない事になります。さらに、もし自分がサボっていたとしても誰も突っ込んでくれる人はいないわけです。そうなると長期継続した努力って難しいじゃないですか。だから僕も動画の中で時々本を出すのが目標って公言してるところはあります。

 

 逆に思いっきり周りの皆に言って実際努力してたら普通応援したいなって思いますよ。そうすると自分の努力はもちろん必要なんですけど周りの人たちの手助けが加わって来るんです。これは大きいですよ。

 

 具体的な例を出して説明すると、今僕の働いてる施設に来てる小6の男の子がいるんですけど、最初はびっくりするくらい野球ヘタクソだったんですよ。ところが、体の使い方を教えてきちんとボールを投げられるようになったら、それがすごい嬉しかったんでしょうね。野球部に入ってめちゃくちゃ練習して、家でも暇さえあれば野球の事考えてるような野球少年になったんです。今ではお父さんもよくキャッチボールに付き合ってあげたりといった風に周りの協力が得られてどんどん上手くなってます。これは「野球をやる」と口に出して実際に努力した結果ですよ。

 別な方向の例を出すと、「俺はあほだから」とか「おればかだし」みたいにちょいちょい自虐的な事を言う小4の男の子がいるんですよ。つい最近も本人と話をした事があるんですが、これは絶対良くない。「俺はバカだとか、あほだ」みたいなマイナスなことを口に出してると、それがたとえ冗談であったとしても無意識のうちに「自分はどうせ駄目だから」とすぐに諦めてしまう、いわば負け癖がついてしまうんです。

 だから、自分のできない所を見て「俺はバカだ」というのではなく自分の得意分野をもっと活かせるように意識をもっていかないともったいない。その子で言うなら絵だったり物作りに関しては誰にも負けないんですよ。工作させたり、絵を描かせたりしたら僕なんかより断然うまいですからね。あとは継続して努力できる何かを見つけられれば、絶対に将来に繋がると思っています。

 好きな事を見つけて必死こいて努力した経験っていうのは絶対に自分のためになります。たとえ、やりすぎて怪我をして挫折してしまったとしてもです。人生の頑張りどころ、ふんばりどころでちゃんと踏ん張る事ができるかどうかってのはこういう経験をした事があるかどうかだと僕は思います。「あの時俺はあれだけやれたんだ、だから大丈夫だ」そう思えるだけの何かを持っている人ってのは強いですよ。ちょっとやそっとじゃ負けません。そういう意味で受験って良いシステムだと思うんですよ。日本人全員に努力すれば夢に向かって踏み出せるチャンスがあるわけですから。僕がこの事に気付いたのは残念ながら大人になってからなんですけどね。

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