日本人のための近現代社会 -13ページ目

日本人のための近現代社会

主に日本近現代史を日本人の立場から分かりやすく解説した動画をあげています。日記は投資について書いていきます。

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 今回はベトナム戦争について話をしていきたいと思います。ベトナム戦争といえば、あのアメリカが負けた戦争として有名です。まずはベトナムの歴史を簡単に振り返ってみましょう。

動画解説

youtube https://www.youtube.com/watch?v=IM_BTwA-3QY

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm33485424

 

まずは1847年、日本で言うと江戸末期のペリー来航のちょっと前くらいですね。フランスの艦隊が現れてダナンに砲撃を開始、これを皮切りに軍事力でどんどんベトナムを侵略していきます。

ところがこの時代、ベトナムの北部って実は清の領土だったんですよ。ですから当然清とフランスが対立していくことになります。この結果起こったのが1885年の清仏戦争という事になります。このたった10年後に起こった日清戦争で清は日本にぼろ負けしてますから当然ここでもフランスにぼこられたと思うでしょう?ところが違うんですね。意外に善戦しててフランスと膠着状態のまま引き分けています。結果としてはどちらも兵を引く形でフランスはベトナムに居座りフランス領インドシナを成立させていますけどね。

 実はこの時、日本も結構関わってるんですよ。フランスの侵略が台湾にまで及んだ事で、外交官だった榎本武揚が調停役を買って出て和平介入をしようとしますがうまくいかず、それを見たフランスが「俺と組んで一緒に清と戦わないか?そうしてくれたら不平等条約改正してあげるよ」と誘いをかけてきたんですね。当時の日本っていうのは幕末に結んだ列強との不平等条約の改正が外交の至上命題でしたからこの提案はホントに飛びつきたくなるようなものだったわけです。

 ところがこの時の日本はホントに偉かった。日本は好き好んで戦争をやりたくない事、予算の都合がつかないの2点を理由にフランスの誘いを突っぱねています。金がないとはいっても不平等条約の改正ができるとなれば話は別です。予算の都合は日清日露の時のようにどうにかなります。それでも自分の利益のために他国の侵略戦争に乗っかるような恥さらしな事はしない。我が国は昔からこういう国なんですよ。自衛のため、道理を守るためにやむなく他国と戦う事はあっても、自己中心的な理由で他国の侵略戦争に加担するなんてことは僕が知る限り有史以来一度もない。

 結果論から言えば、もしこの時フランスに味方して清国に勝利していれば条約改正交渉はもっとずっと楽に進んだでしょうし、日清戦争が起こる事も恐らくなかったでしょう。日露戦争や大東亜戦争すらもなかったかもしれません。それでも先人たちは参戦する事による莫大なメリットよりも道理であり、武士道をとったんです。ハッキリ言って不器用だし何やってんだよと言いたくなるところもありますがそれでも僕はこうした先人たちの決断を誇りに思いますね。

 

 さて時は流れて日本が日露戦争に勝利するとベトナムでも反フランスの独立運動が盛り上がります。

 この時にベトナムは日本に対して武器を取って戦うための支援を要請します。しかしこの要請を受けた犬養毅は

と言って要請を却下しています。これに対するベトナムの対応も大したものでした。犬養の言いたかった事をちゃんと理解しベトナム人の留学要請をするとともに、志あるベトナムの若者たちに日本への留学を呼び掛けています。当時の日本の大学というのはそれだけの魅力ある大学だったんです。今はどうでしょうかね。これ以上は僕の口からは言いません。

 

 さらに時は流れて大東亜戦争に突入すると日本は南部仏印に軍を進めますが末期にはインパール作戦の失敗など敗戦を重ねます。

 しかしベトナムからはフランス軍を追い出す事に成功し、暴徒と化した民衆からフランス人の民間人を保護しつつ独立支援の動きを支援していきます。そして9月には独立宣言を発表します。当然そんなことはさせたくないフランスが南部に傀儡政権を立ててベトナムとフランスとの全面戦争という事になります。これがベトナム戦争の始まりですね。この時たくさんの日本人もベトナム人と一緒に独立戦争を戦っています。

 ところが当時は冷戦の真っただ中ですから、西側陣営のフランス傀儡国家と対立している北のベトナム人達にソ連が支援をしている状況がありました。こうなるとフランスに負けてもらっては困るアメリカが動き出すという事になるわけです。結果ベトナム戦争は泥沼化し、アメリカは54万もの兵力を投入したにもかかわらず勝利することなく兵を引き上げ北ベトナムの勝利となって独立を勝ち取っています。次回はいよいよ日韓基本条約について解説していきます。

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 最近はあんまり音楽って聞かなくなったんですけど、高橋優さんは好きで結構聞いてるんですよ。新曲の歌詞が素晴らしいですね。一部をところどころ紹介しますね「叶わないと信じてりゃそりゃ叶わないよ。叶うと信じる所から夢は始まるのだろう。挑んで失敗して繰り返す人よりも、何もしないでそれをあざ笑う人ばかりなんだ。君ではだめだと言われてしまったか。そんな言葉を本当だと思うのか。まだやれるのにチキショーと叫ぶ心はあるか?まだやれるのにチキショーと叫ぶ君が主役の明日をさぁ始めよう」初めて聞いたときは泣きそうになりましたね。チキショーと叫べる心を持ち続けていきたいと思います。この人の歌って過激な歌詞が多かったりして好きな人嫌いな人激しく分かれると思うんだけど、自分の言いたい事や信念を曲げずに一生懸命歌ってる感じがするんですよね。だからこそ好き嫌い分かれるんでしょうけど。僕はそんな高橋さんが大好きだし、心からかっこいいなと思います。

 

 さて、関係ない話はここまでにして、日本の独立の流れという事で今回は1956年の日ソ共同宣言について話をしていこうと思います。

動画解説

youtube https://www.youtube.com/watch?v=Jir5181DJAU

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm33410216

 

 サンフランシスコ平和条約の解説をした際に、サンフランシスコ平和条約によって日本は独立を回復しましたが、社会主義国だったソ連や中国とは結んでいないという話をしたと思います。今回はそのソ連との国交回復の話ですね。

 終戦直前の1945年の8月にソ連は日ソ中立条約を一方的に破って日本に攻め込んできました。それ以降当然日本とソ連は国交断絶状態になっていました。つまり、とっくに戦争は終わってるんだけど、法的にはまだ戦争継続中という事になっていたんですね。

 

 サンフランシスコ平和条約を結んで日本が独立した1951年というのはアメリカとソ連が対立している冷戦状況でしたから日本と共産主義国が国交を回復するのを嫌ったアメリカの意図もあってソ連や中国とは国交回復をできずにいました。つまり、日本はアメリカやイギリスなど連合国とは仲直りをできたわけですが、中国やソ連とはまだという状況だったわけです。日本は独立を回復して以降、国際社会への正式な復帰のため、国際連盟への加盟を望んでいました。ところが、ソ連と対立した状況下では日本が加盟をしたいと言ったところでソ連に拒否権を発動されてしまって絶対に不可能なんですよ。ちなみに拒否権っていうのは国連の常任理事国に認められた権利で、たとえ安保理で自分以外みんな賛成であっても常任理事国のどこか一つでも反対して拒否権を発動させれば成立しないというものです。だからまずはソ連との国交を回復をしなければ日本の国連加盟は絶望的という事になります。

 

 そこで日ソ共同宣言を行って国交断絶状態を解決しようという流れになっていくわけですね。さて、肝心の中身について見ていきましょう。重要なものだけ分かりやすいように箇条書きにしてみました。

 国交回復と国連加盟支持についてはそもそもこのために結んだものですから当然ですよね。重要なのは3つ目と4つ目です。日本への賠償請求権をここで放棄したため、今のロシアは日本に謝罪と賠償を要求し続ける事ができなくなったんですね。ここまでは約束がちゃんと守られています。

 ところが最後の歯舞、色丹についてはどうですかね?今でも帰ってきてないですよね。なんでこんな事になっているのかというと、日ソ共同宣言発表後に歯舞色丹を返したくないソ連は日本に対して在日米軍の完全撤退という条件を勝手に付け加え、これが実現しないと返さないと言い始めたからです。当然日本としてはこんなムチャクチャな要求は受け入れられませんから「共同宣言の内容を後から勝手に変えるのはおかしいだろ」と反論していくことになります。で、結局今でもまだ解決していないという状況になってしまっているわけです。次回はベトナム戦争、その次にお待ちかね日韓基本条約について話をしていこうと思います。

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 前回の動画で日本の敗戦に関する教科書の記述のおかしさについて話をしました。今回はその具体例の一つとしてインドネシアの独立戦争について話をしていこうと思います。

youtube https://www.youtube.com/watch?v=FODiglj9LUI

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm33337996

 

 ちょっとおさらいですが前回の動画で教科書には「日本の降伏で第二次世界大戦は終わり、植民地とされた朝鮮や台湾、日本軍に占領されていた中国や東南アジアの人々は解放をよろこびました」みたいな書かれ方をされているという話をしました。これを頭に入れた上で今からの話を聞いてみてください。

 インドネシアでは日本降伏の2日後に独立宣言を発表しインドネシア共和国が成立しました。しかし、これを良しとしない侵略国家が再び攻め込んできたため3年半近い独立戦争を戦ってこれに勝利し、独立を果たす事ができました。この時、約3000人ともいわれる元日本兵も戦いに加わっています。どうですか。なんかまるで日本が再植民地化しに戻ってきたみたいに聞こえませんか。もちろんそんなバカな話はありません。

 今した話の中でもあえて侵略国家という名前にして具体的な国名を出さなかったり、元日本兵がどっち側で戦ったのかをあえて言わなかったりした事でわざと勘違いしやすい言い方をしたんです。ただ、勘違いさせるためにあえて言葉の足りない言い方をしたんですが嘘は一つもついてないんですよ。

 教科書の記述が具体的にどうおかしいのかは前回の動画を見ていただきたいんですが、こういうおかしな書き方をした上で今みたいな圧倒的に言葉の足りない説明をするとあら不思議。事実とまるで逆の方向にミスリードすることができてしまうんですよ。だからTVとか新聞の言い方、書き方には気をつけないといけないんです。

 

 さっきのぼくの足りない説明にちゃんと言葉を補うと次のようになります

どうですか。イメージが180度かわりますよね。嘘をつかなくてもあえて説明を省くだけでここまでの印象操作ができてしまうんです。怖いですよね。

 

 さて、本題のインドネシアについて少し詳しい解説もしていきましょう。先ほども述べたようにインドネシアではオランダからの植民地支配を300年以上の長きにわたって受け続けていました。そこに日本軍がやってきてオランダ軍を追い払ったわけです。当然日本軍だって聖人君子だったわけではありませんから狙いがありました。石油資源の確保です。で、現地人の協力を得られた方がスムーズに事は進みますからインドネシアの人々の生活がオランダ統治下よりよくなる事を約束し、実際に教育を施したり、捕まっていた独立運動家の解放とセットで戦後の独立を約束する声明を出したりといった事をやっています。この時解放されたのが後のスカルノ大統領ですね。スカルノらはすぐにでも独立させてくれと日本に要求をしますが石油の安定確保の観点から戦後の独立を約束という形になったわけです。

 そして時は流れて1945年8月15日、日本はポツダム宣言を受け容れて敗戦が確定します。当然そうなると連合国が再び戻ってきてしまいますから、そうなる前に迅速に独立宣言を出そう事になります。だからたった2日後の独立宣言となっているわけですね(日本がいなくなった!やったぜ独立だ!というわけではない)。

当然、連合国側の了承なんて取っていませんから元宗主国のイギリスオランダが攻めてくるという事になります。ところが二度と植民地になりたくはないインドネシア人と約束を律儀に守った元日本兵たちの抵抗によってイギリスは分が悪いと判断してすぐに撤退します。

しかし、オランダはインドネシアにこだわり12万人もの兵をインドネシアに送り続けることになります。さらに一度成立した停戦協定を破って空爆を始めたりとルール無用の暴虐っぷりを見せ始めます。ちなみに同時期にオランダは東京裁判で日本を侵略国家として叩きまくっています。侵略国家はどっちなんだか。

 

 とまぁこんな事を始めてしまったらさすがに世界中から激しい批判を浴び、支援していたアメリカすらもオランダ支援を打ち切るという状況になって独立戦争はインドネシアの勝利となったわけです。その後の和平交渉でもオランダはすごいですよ。独立戦争だけでもインドネシアは80万人の死者と1000万人の負傷者を出し、無差別爆撃で受けた民間人の被害もとんでもない状況だったにもかかわらずそこへの賠償は一切せず、オランダの戦費、インドネシアにいたオランダ人の役人への恩給、搾取のために掘った油田の開発費の請求などを平気で行っています。こんなふざけた要求をインドネシアは独立のために断腸の想いで受け入れ13年後にようやくふざけるなと言える力を手に入れてから突っぱねています。さらにオランダがインドネシアの独立宣言を正式に認めたのはなんと2005年です。某半島人もびっくりの厚顔無恥さですよね、いや同レベルか。

 

 ちなみにオランダのこの要求を突っぱねた当時の外務大臣は次のように述べています

こんな苦しい歴史を歩んできたからこそ、インドネシアはいま親日家が多いですし、連合国=正義、日本=悪の侵略国家とする東京裁判史観にも否定的なわけです。次回は日本の独立の流れで日ソ共同宣言について話をしていきます。

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 今回は5の倍数回という事で、大東亜戦争で日本が負けた後、アジア諸国はどうなったのかという話をしていこうと思います。

youtube https://www.youtube.com/watch?v=6dP6DqWhgAU

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm33231080

 

 中学校の歴史の教科書なんかでは「日本の降伏で第二次世界大戦は終わり、植民地とされた朝鮮や台湾、日本軍に占領されていた中国や東南アジアの人々は解放をよろこびました」みたいに書いてある事が多いんですけど果たしてこれは本当でしょうか。教科書に嘘なんか書いてあるはず無いじゃないかと思いますよね。確かに100%の嘘ではないんです。ただ、圧倒的に言葉が足りないんです。

 さっきの文章をカッコつきで正しく直すと次のようになります。

どうですか、言葉をちゃんと補ってやるとイメージがだいぶ変わりませんか?これがウソをつかずに人を騙す方法なんです。要は都合の悪い事は言わない書かないってことですね。

 前者の文だとまるで日本が悪の侵略国家で連合国軍に叩き潰された事によってアジア諸国が独立出来たんだという風に聞こえますよね。ところが実際は全く違うわけです。むしろ連合国は日本がいなくなった後侵略しに来てるわけですからね。

 

 大東亜会議の話をしたときなんかにも言いましたが戦時中、日本軍が白人諸国を一時的にとはいえ追い出した事によってビルマ、フィリピンが独立宣言を行いました。さらにインドはシンガポールに自由インド仮政府を樹立、インドネシアも終戦とほぼ同時期に独立宣言を出しています。しかし、日本が負けた事により日本軍という盾が無くなった結果、これらの国々は自らの力で白人侵略国家と向かい合わなければならない状況に追い込まれます。白人達からしたら植民地だった所を放棄するつもりはさらさらありませんでしたからね。厄介な日本軍さえいなければ現地人を軍事力で簡単に従わせられると思っていました。だから軍隊を送り込んで大東亜戦争以前の植民地に戻そうとしたんですね。

 

ところが実際には白人達の思うようにはいきませんでした。一番大きな理由は日本が現地人に対し教育を施したり、武器の扱い方を教えたりしていたことです。有色人種は奴隷にされているのが当たり前だった世界において、日本は日露戦争に勝つ事でこれが間違いである事を証明しました。さらに大東亜戦争を戦う中で次々と白人国家を東南アジアから追い出していきました。こうした日本の背中を見た東南アジアの人々が同じ有色人種の日本にできて我々にできないはずがないと考えるようになり民族意識が高まっていきました。この意識改革こそが独立への一番大きな力となっていたわけです。

 また、日本の敗戦後も大東亜戦争の理念を信じて現地で独立戦争を一緒に戦った多くの元日本軍兵士がいた事も彼らの心の支えになりました。インドネシアは3年半も戦って80万人以上の死者を出していますし、ベトナムに至っては15年もの間独立戦争を戦い抜いています。ホント頭が下がりますよ。日本が負けた結果、植民地が解放されて独立を喜びましたなんて生易しい話は存在しないんですよ。

 

 次回は独立戦争の一例という事でインドネシアの話をしていこうかなと思っています。この時のオランダの厚顔無恥さはすごいですよ。今の某半島国家に近いレベルですね。何でインドネシアなのかというと日本人にはなじみのあると思われるスカルノ大統領がでてくるからですね。しらねーよって人も多いと思うんですけどこう言えば伝わると思います。デヴィ夫人の旦那さんです。

動画説明欄に今後の更新予定を載せておきますので興味のある方はご覧ください。153回以降に関しては歴史を順を追ってという感じではなく話したかったけど話せなかった部分を拾っていこうと思っています。

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 前回の動画でサンフランシスコ講和条約の話をしました。で、今回はそれに関連して韓国による竹島の軍事占領の話をしていこうと思います。

動画解説

youtube https://www.youtube.com/watch?v=Ko84dIdpW3s

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm33120886

 

 講和条約と竹島って「関係なくね?」と思われた方も多いかと思いますが、実は大いに関係してるんですね。元々竹島って1905年の時点ですでに日本に編入されてるんですよ。当然勝手に自分のものにするわけにはいきませんから国際的な宣言もなされています

 そんな竹島なんですが、「あの辺魚よく取れるな」とか、「実は海底資源がいっぱいあるんじゃないか」みたいな話で戦後のどさくさにまぎれて韓国が「俺のものにしたい」と思い始めるんですね。ところが、前回動画で解説したサンフランシスコ講和条約がそのまま発効しちゃうと領土規定で竹島って日本領になっちゃうんですよ。

 

 そこで韓国は「締結されたものはしょうがない。ならば発効する前に俺のものにしてやるぜ」という事で行動を起こしていくことになります。ちなみに締結ってのは条約を結ぶ事なんですが、結んだらすぐに適用されるわけじゃなくて猶予期間があるんです。で、普通はその期間内に国内で法整備なんかをして問題なく条約が守れる体制を作っていくわけです。韓国はこの猶予期間を利用したという事ですね。要は「今ならまだサンフランシスコ条約は無効だよね。はい、今日から竹島は韓国領です」と勝手に主張をし始めたわけです。具体的には李承晩ラインとかいう何の根拠もない線引きを行って「ここまでは韓国領だから日本人は出ていけ」と言い始めます。

そして李承晩ラインから日韓基本条約までの約13年間で300隻以上の日本の漁船が捕まり、44人が殺され、4000人近い人が拉致されています。海上保安庁の船への銃撃なんかも頻繁に行われていて、まさにやりたい放題でした。

 さらに酷いことに、拉致した4000人を韓国は外交カードとして使っています。どういう事かというと、戦後日本に大量に密入国した朝鮮人、要は不法入国者です。この不法入国者に対して定住の特別許可を与えろ、さもなくば拉致した日本人は解放しないというむちゃくちゃな要求をしてきます。身代金目的の誘拐犯とやってる事が同じですね。当たり前の話なんですけど、こんなの当然国際法違反ですし、韓国の国内法にだって違反しているはずです。しかしそこは韓国ですから。日本人相手なら愛国無罪となってしまうんです、今と同じですね。

 

 ちなみにこのむちゃくちゃなやり方に対して日本に駐日大使として来ていたマッカーサージュニアは「国際的な品行や道徳などの基本原理を無視した海賊行為である。」と国務省につたえていたようです。こんなふざけた状況ですから日本は「竹島が韓国領だって言うんなら国際司法裁判所に決めてもらいましょう」と提案します。ところが、こんなふざけたやり方で勝手に領有宣言してるわけですから裁判なんかやっちゃったら韓国が勝てる見込みは0なわけです。ですから当然日本の提案は却下されていきます。国際司法裁判所ってなぜか両方が合意しないと裁判が始まらないんですよ。存在価値あるんですかね?

 

 とまあこんなふざけた状況が13年も続くことになるわけです。そしてようやく日韓基本条約が結ばれ、日本は国家予算の3倍というとんでもない額の賠償金を韓国に払って国交を回復するんですが、この時に「両国間で解決できない時には調停によって解決を図る」と約束をしているんですよ。分かりやすく言いかえると「解決が難しい争いごとに関しては国際司法裁判所で解決する」ということです。ところが、この約束は一度も守られる事は無く、日本が何度提案してもすべて却下されています。まぁいつもの韓国ですね。あの国にとって約束なんて紙くず同然なわけですから、日本もいい加減学習してほしいものですね。で、何の正当性もありませんからとにかく「竹島はもともと韓国のものです」と宣伝をしまくる事で既成事実化していこうという動きに出ていくことになります。「嘘も100回言えば本当になる」という某半島のことわざ通りの行動をやっていくわけです。

次回は5の倍数回という事で、戦後独立したアジアの国々と日本について話をしていきます。中国と朝鮮以外のアジア諸国の動きを知るとホントに中国と朝鮮がいかにおかしいかってのがよく分かりますよ。

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