当ブログは「ゲゲゲの謎」の矛盾点・疑問点まとめブログです。
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最近ようやくこの本を読みました。
紙芝居作者として30年活躍した加太こうじさんの著書です。本当にすごい本でした。紙芝居という一文化を通して見た骨太な日本近代史の記録です。この本を映画化した方が水木しげる100周年にふさわしい内容になったのではないかと私は思います。
〇ハカバキタローとは?
この日のブログでも触れましたが「墓場鬼太郎」「ゲゲゲの鬼太郎」の前身は「ハカバキタロー」という紙芝居です。よく誤解してる人がいますが水木しげる先生が「ハカバキタロー」をパクったんじゃありませんよ。紙芝居を描いていた水木しげる先生に加太こうじ先生が
「戦前にハカバキタローって人気紙芝居があって大ウケしたからそれを描け」
と命じたのです。
紙芝居というのは現品限りでたいてい使ったら処分してしまうので、水木しげる先生ご本人は「ハカバキタロー」の実物を一度も見ていません。
では「ハカバキタロー」とはどんなお話だったのでしょう。
(前略)
『ハカバキタロー』は長髪をふり乱した少年でその物語の主人公である。背が曲がった恰好で目が異様に大きく前歯が二本突きでたグロテスクな形相で、ぼろぼろの和服を着ている。キタローは墓場の土中から〇肉を食ってこの世にでてきたのである。
(現代の風潮にそぐわない言葉は少し変えています)
物語は関西の古めかしい農村と思われる地帯からはじまる。 姑の嫁いじめでいびり〇された嫁は妊娠したまま土葬にされた。その〇骸から生まれた赤ん坊は母の〇肉を食べて土中からはいだした。
(紙芝居昭和史 84ページ)
いきなり衝撃。墓場から誕生した設定は鬼太郎に踏襲されていますがまさか元の「ハカバキタロー」では母親の〇体の〇肉を食べていたとは驚きです。
さすがにこの設定は「鬼太郎」には一切受け継がれていません。
そして、やや大きくなってから母の復讐をする。
まず、母をいじめ〇した姑を〇してつるべ井戸へ吊りさげた。連合いが孫に当たるキタローに〇されたとは知らない舅は水をくみにきて、ふだんより重いつるべをあやしむ。
つるべの綱をたぐると老婆の〇体が井戸からあがってくる。
わらぶき屋根の上 では奇怪なハカバキタローが第一の復讐が成功したので笑っている。
(紙芝居昭和史 84~5ページ)
😱
やっぱり「ゲゲゲの謎」は「墓場鬼太郎」でもアニメ6期鬼太郎でもなく「ハカバキタロー」の世界の話としか思えません。
田舎の農村が母が嫁いびりで〇されたとか、子供がその復讐に祖父母も〇したとか、そんな設定も当然水木しげる先生の鬼太郎にはありません。どのシリーズも鬼太郎は祖父母代わりの砂かけ婆や子泣き爺と仲良く過ごしています。
こうしてみるともともと「ハカバキタロー」にあったグロ要素を、水木しげる先生が嫌って取り除いていって、その結果独自のユーモラスな「鬼太郎」になったのだとわかりますね。
それにしても昔の子供さんはとんでもないものを見ていたのですね…
これでは教育に悪いといわれるのもわかります。
「紙芝居昭和史」によると紙芝居の中には江戸川乱歩のエログロ小説の影響を受けたり、また実際の猟奇事件に影響を受けた作品もあったようです。10歳ぐらいの少女が残酷に〇されたり美女がおぞましい拷問を受けたりするものもあったようです。
(紙芝居昭和史 91~92ページ参照)
子供になんてものを…
〇ハカバキタローの人気の秘密
それにしても、こんなおどろおどろしい「ハカバキタロー」がなぜ子供たちに人気を博したのでしょう?
継子いじめと姑の嫁いびりは、紙芝居における悲劇の代表的素材であるばかりでなく、残酷物のありふれたスタイルでもあった。
『ハカバキタロー』の新しさは、復讐によってうらみを晴らすところにあった。
多くの継子いじめの物語は、生きているうちにうらみが晴らせない継子や嫁が、〇んで幽霊になってカタキをとり〇すという結末になっていた
(紙芝居昭和史 91ページ)
「ハカバキタロー」は従来の因果ものとは違う「生者が恨みを晴らす」という話だったのです。これが目新しかったために子供たちの心をつかんだのです。
そんなことから数々の怪事件が連続して起こる。キタローは一種のスーパーマンである。警官隊相手にたたかったり、のちには都会へもでてくる。発端の物語が受けたので、話はシリーズになってキタローの活躍を中心に昭和八年頃から十年頃までつづいた。
あとのほうはキタローが善玉めいた活躍をする怪奇大活劇になったが、昭和八年頃には『少年タイガー』とならんで 『黄金バット』を圧倒する人気を得た。
(紙芝居昭和史 85ページ)
人気が出ると明らかに流れが変わりました。
のちに水木しげる先生の「墓場鬼太郎」が「ゲゲゲの鬼太郎」となり国民的ヒーローになっていくのと同じ道を「ハカバキタロー」も辿っていたのですね。
〇伊藤正美さん
「ハカバキタロー」の作者伊藤正美さんとはどんな方だったのでしょう?
作者は、伊藤正美という文学青年だった。 神戸の小鉄工所主の一人息子の伊藤は関西学院にまなんでいたがデカダンスだった。
学生時代から酒をよく飲んだ。 神戸一の繁華街元町通りの陶器商の店先にあった大きな素焼の狸を、国際都市神戸にこのように不体裁な物を並べるとはけしからんと、酔いにまかせてけとばしてこわしたり、三の宮の交差点で交通巡査が帰ったあとで手動の信号台へあがって、全部を進めにしたり止まれにしたり、それを目まぐるしく変えたりして夜の十字路の交通を大混乱させた。酔っぱらいをつかまえろと出動した警官に手とり足どりされて、大八車にしばりつけられて警察へ連行されたこともある。
(紙芝居昭和史 86ページ)
メチャクチャすぎる…!
さすが「ハカバキタロー」の作者、只者ではありません。
伊藤正美さんはのちに小説家を志して上京→紙芝居作家という道を歩まれました。小説家志望ならではの正確な考証は紙芝居業界でも異例だったと加太さんは語っておられます。(紙芝居昭和史 88ページ)
(続)




