世間には目がある。そして、その視線は理性や羞恥心に波紋を広げる。こんなことをしてはならないとか、そんなことをしたら恥ずかしいとか、抑止力として作用しているのは確かだろう。もちろん、どう受け止めるかは百人百様で、そのベクトルも異なる。たとえば、人前で歌うこと。恥じらいを覚える人がいれば、気持ち良さを感じる人もいる。そして、それはどちらも否定される感情ではない。ただ、困惑してしまうこともある。それは時に偏った目があること……。

 

 

 アスファルトに点在する水たまりが雲の隙間から顔を出す太陽に照らされ、少しずつ少しずつその面積を狭めていったある日のことである。自宅での療養生活を始めてから、既に数ヵ月の時が流れていた。平日の昼間から散歩へ出かけたり、買い物へ行くこともあり、事情を知らない人には、"働かずに暮らしている"と思われているだろう。次女と一緒に家の前へ出て、登校する長女を見送っていると、数軒先にあるアパートの住人がつかつかと歩み寄ってきた。何だか酒臭い……。これまで、その男性とはゴミステーションで何度か顔を合わせたことがあるが、挨拶をしても返ってきたことがない。

「今日も休みか? いい身分だな。お嬢ちゃん、仕事をしていないお父さんって恥ずかしくない?」

 

 

 恥ずかしさとは少し違う。だけど、それは俺自身がいちばん気にしていることだった。朝は目覚めたら顔を洗い、家族で食事をして、「いってきます」と言って家を出る。昼は懸命に働き、夜は「ただいま」と言って靴を脱ぐ。そんな姿をもっと見せてあげたかった。情けなくてやるせない……。

「……………」

「何だ? 無視か? 弱い父ちゃんだなぁ」

次女が怯えて俺に抱きついてきた。確かに俺は弱い父ちゃんで、もう子どもたちに働く姿は見せられないかもしれない。だけど、父親として大切な家族を守ろうとする姿なら見せてやれる。

 

 

「急に何ですか! あなたが言うように今の私は無職ですが、病気で休んでいるんですよ」

「病気だって怪我していたって、働いている奴もいっぱいいるんだよ! 甘えてんじゃねぇ!」

「それは病気や怪我の程度によるのではないでしょうか? だいたいですね、どうしてあなたにそんなことを言われなければならないのですか?」

「むかつくんだよ! 生活保護とかニートとか、そんな奴らの為に税金が使われてると思うと、腹が立って仕方ねぇんだ!」

「いや……、私は生活保護でもニートでもありませんが……。それにですね、国や自治体から支援を受けるのは悪いことなのですか? 働きたくても働けない人だってたくさんいると思いますよ。病気や怪我で身体を思うように動かせない人はもちろん、人とのコミュニケーションが苦手だったり……、心を病ませてしまったり……。これまで一生懸命に働いてきたのに何らかの理由で仕事ができなくなって、悔しい思いをしている人もいるのではないでしょうか? もちろん、中には『働いたら負け』といったズルい考え方をする人もいるかもしれません。ですが、大多数の人たちは『誰かの力になりたい』と思って生きているはずです。でも、どうしたら力になれるか分からなかったり、自分に出来ることが見つけられなかったり、その勇気を持てなかったり……」

「やめろっ! いつまで語り続けるんだよ!」

「あなたが語らせたんじゃないですか!」

どうして朝からゴミステーションで口論をしなければならないんだ……。通勤通学時間帯で、"見て見ぬふり"をして通り過ぎていく人たちも多い。何を話しても伝わらない気がしたので、俺は次女を抱き上げて帰ろうとした。とても残念なことであるが、どうしても分かち合えない人はいる。

 

 俺は男性から視線をそらし、体を反転させた。その時である。子どもたちが"裏のおばあちゃん"と呼ぶ、我が家の隣に住んでいるおばあさん(【雲外蒼天編 第9話 恥ずかしい?】参照)が両手にゴミ袋をぶら下げて歩いてきた。

「あら、清掃氏さんと二子ちゃん。顔を曇らせてどうしたの?」

 

 

「あっ、おはようございます。いえ、何でもありません。大丈夫ですよ」

「あら、アキラさん(仮名)じゃない。あなた、またお酒を飲んで人様に絡んでいるの?」

「うるせぇ!」

俺はこの男性の名前を初めて聞いた。おばあさんとはどのような関係なのだろう。

「清掃氏さん、この人はね、私の同級生なの。亡くなったお父様が建てられたアパートで暮らしていて、若い頃からお酒ばかり飲んで働きもせずに……。お父様は立派な方だったのに……」

「あ、あ、あ、あ、あ、いや……」

「アキラさん、私たち年金生活者はね、若い人たちに支えられて生きているの。自分が払った年金保険料が戻って来ているんじゃないわ。汗水を流して働いてくれる人たちがいるおかげで、お金をいただけているの。こちらの清掃氏さんもね、今はご病気で休まれているけど、以前は日が昇る前から仕事へ行かれていたのよ」

「あ、あ、あ、あ、あ、俺、ちょっと用事を思い出しちゃった……」

「さっさと行きなさい!」

男性はおばあさんにそう一喝されると、一目散にアパートへ戻っていった。いったい何がしたかったのだろうか。生活保護費も年金もその趣旨は違えども、原資に税金が充てられていることに変わりはない(基礎年金の国庫負担は二分の一)。税金がどうたらという発言とは整合性がとれないのだ。虫の居所が悪かったのか、嫌なことでも思い出したのか、どちらにせよ他人をストレスのはけ口にしてほしくない。

 

 

「二子ちゃん、もう大丈夫よ!」

「おばあちゃん、ありがとう!」

「二子ちゃんのパパさん、カッコ良かったね」

「ううん、おばあちゃんの方がカッコ良かった」

それはそうだろう。俺だってそう思う。でもね、お父さんだって昔はカッコ良かったはずなんだよ。だってさ、まだ高校生だったお母さんが惚れてくれたくらいなんだから。キミにも"カッコイイお父さん"を見せてあげたいな。それは毎日仕事へ行く姿ではなくて、家族の為に全力で生きるお父さんかもしれないね。

 

 

文:清掃氏 絵:清掃氏・似顔絵師きえ

 

 

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フォロワーの青水あらたさんから素敵なイラストをいただきました。

漫画を描かれているとの事でしたので、このブログの漫画化への挑戦をお願いをしてみました。

 

 

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散歩の際に愛用している"しろたん"のボディバッグ。大学卒業後に就職した会社の商品です。店長として、たくさんの"しろたん"を販売していました。

 

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