恥ずかしい、気持ち悪い、みっともない、そんなふうに思う人もいるかもしれない。それは個々の価値観だから否定はしない。だが、年齢や出会ってからの時間の長さでいつまでと区切りをつけるものではないだろう。伝わってくる体温と表現すると何の捻りもないが、言葉だけでは確かめられない温かさもある。

 

 明け方まで降り続いた雪がすれ違いの出来ない道を作ったある日のことである。庭の雪かきをしていると、近所に住む義母が訪ねてきた。

 

 

「清掃氏さん、おはようございます。急に訪ねてきちゃってごめんなさい。娘子ちゃんと二子ちゃんの顔が見たくなっちゃって……」

コロナウイルスが世に蔓延し始めてから早1年、顔を合わせる機会はめっきりと減っていた。歩いていける距離に住んでいるというのに、この日も3か月ぶりに目を見て言葉を交わした。

「あっ、お義母さん、おはようございます。どうぞゆっくりしていってください。子どもたちも喜びます。俺は買い物を頼まれているので、雪かきが終わったらスーパーへ行ってきます。子どもたちだけじゃなくて、たまには妻とも親子水入らずで……」

「親子水入らずもいいけど、夫婦水入らずも大切ですよ。私が孫たちを見ていますから、妹子(妻)と二人でどうぞ」

「あっ、いや…、それは……」

「遠慮しなくてもいいですよ。妹子も喜ぶと思います」

「分かりました。じゃあ、お言葉に甘えて……」

こうして俺は妻と二人で買い物へ出かけた。家から数分で着くスーパーだが、二人で行くのはいつ以来だろう。せっかくの機会なので、少し遠回りをして、子どもたちが生まれる前によく散歩をした公園に寄った。

 

 

「何だか綺麗だね。だけど、並んで歩けないから公園を通り抜けるのはやめよう。靴の中に雪が入っちゃうしね」

「うん、そうだね」

 

※実際の人物はマスクをしています。

 

繋いだ手は離さずに方向転換をして公園を出ようとすると、気難しい顔をした初老の女性が前から歩いてきた。何か言われる……、どうしてか嫌な予感がした。そして、案の定……。

 

※実際の人物はマスクをしています。

 

「あんたたち、いい年をして恥ずかしくないの? 今いくつ?」

「はい? 俺たち、何か恥ずかしいことをしていますか?」

「その手よ、その手!」

妻とは年が離れているので不倫カップルにでも見えたのだろうか? そうだとしたら、申し訳ない。

「いや、俺たちは夫婦で……」

「はぁ、夫婦? だったら尚更よ! 子どもはいるの?」

「はい、娘が二人……」

「いい年した夫婦が手を繋いで歩いている姿を見たら、子どもたちはどう思うのかしらね。少しは恥じらいを感じなさいよ。子どもがかわいそうだわ」

俺は妻と手を繋いでいる姿を子どもたちに見られても恥ずかしくない。もちろん、見せつけるものではないと思うが、子どもは仲の良い父と母の姿を見て嫌な気持ちになるのだろうか?

「だいたいね、今はソーチャルディスタンスよ! 知らないの? 子どもが真似をしたらどうするの……。あんたたちみたいなのがコロナを広げているのよ」

「いや、ソーチャルじゃなくてソーシャル……」

言葉の間違いは別にいい。だが、どうしてコロナウイルスの感染源にされなければならない? 俺はこれ以上話しても嫌な気持ちになるだけだと思い、黙って立ち去ろうとしたが、女性は尚も言葉を続ける。

「あー、恥ずかしい! どうしてこんな世の中になっちゃったのかしら? ワタシが若い頃はね、みんな節度をわきまえていたわ」

ならば、あなたの節度はどこへ消えた? そう言い返したい気持ちをぐっと抑えていると、娘たちが"裏のおばあちゃん"と呼ぶ我が家の隣に住むおばあさんが歩いてきた。

 

※実際の人物はマスクをしています。

 

「あら? 清掃氏さんと奥さん。いつも仲がいいわね。こちらの方はお知り合い?」

「いえ、違います……」

そう否定すると、初老の女性は"裏のおばあちゃん"にまくしたてた。

「ちょっと奥さん、聞いてくれる? この人たち、いい年をして手を繋いで、恥ずかしいったらありゃしないわ」

「ううん、仲睦まじくて素敵ね。夫婦が仲良しで幸せそうな顔をしていることは、子どもにとっても幸せなことよね。私も主人が生きていた頃は手を繋いで散歩したわ」

「……………」

「相手が愛しいだけで手を繋ぐんじゃないわ。手を繋ぐことで得られる安心感ってあるわよね。あなたも私と手を繋いでみる?」

「遠慮しておくわっ! この世の中はもうダメねっ!」

初老の女性は肩を怒らせながら、すれ違いの出来ない一本道を歩いていった。途中で雪に足を取られて転びそうになっていたのは、せめてものご愛敬なのかもしれない。

「裏のおば……、あっ、いや、千景(ちかげ)おばあさん、ありがとうございました」

「ううん、いつまでも夫婦仲良くね。これからお買い物? 寂しいだろうけど、スーパーの中では手を離した方がいいかもしれないわね、あはは」

「ははは、そうですね」

 

 

 

文:清掃氏 絵:ekakie(えかきえ)

 

 

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妻が使っているハンドクリームです。サラッとしていてべたつきません。

 

誰かと手を繋ぎたくなる絵本です。

 

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