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ポジションを保って、食いつかせる。

マンマークプレスだけで構成するサッカーというのは、なかなか難しいということがよくわかった試合でした。
清水がしていたことは、広島が勝てない時にしていたことと同じで、クローズな場面では、スコアレスに持ち込むことができますが、オープンになると相手にスペースを与えてしまうことで、パス構成に優位なチームの方に軍配が上がる、ということが明白になりました。

プレスばかりしてて足元がどうにもならなかったところから、3ヶ月でここまでに持ってこられたというところ、チームの努力ということでしょう。
アオちゃんのアンカー、ごろうくんのボランチ、スペースがあるといい距離感になってきます。

前半、バタバタしたとき、これはいつもなのですが、うまくいかないときは決まって守備でポジションブッキングが多くなります。
ふたりが被るとどうしてもスペースが出来てしまいますから守備が後手になります。
リスタートのポジションも大事で、フォーメーションが取れていないと、とたんに裏を取られます。
当たり前といえば当たり前なのですが、細かくポジションを取ってポゼッションができるのようになった事が、底力のあるサッカーができるようになった要因であると思うのです。

この試合においては、清水がマンマークだったので、こちらがフォーメーションをしっかりと保っていれば、勝手に食いついてくれて体力面から不利になり、どうあっても終盤に得点出来る流れになるかなと、思いました。

もしも、清水が同点上等で引いてしまったら打つ手がなかったと思うのですが、昔から清水はホームで引くようなサッカーをしないチームなので、必ず引き出されると考えました。  
監督が変わってもこういうところは変わらないというか、ある意味羨ましいというか。

広島もこの2年、いろいろやって来ましたが、パス構成、ポゼッションからのサッカーという所に落ち着きそうです。

たしかに城福さんのやり方というのは、回りくどいというか、もっとストレートでもいいのにな、というところがあります。
俺のやり方、とか、城福サッカーとか、そういうのが売りなんだろうけど、監督って、今目の前にあるチームにどう言うサッカーが合ってるのかを模索してチームと作り上げていくのが「仕事」だと思ったんですね。
選手に合っていれば、どんなサッカーでもいいサッカーに見える、というのは、今思っているところです。

この清水戦、うちはドウグラス包囲網でしたが篠田監督が青山マンマークを指示していたようで。
やりづらそうにしていたようにも見えましたが、見直してみると、そうでもないし、なにより、ごろうくん、駿くん、モリシ、いやいや全員が自分のやるべき事をやろうとしてるので、あおちゃんがどうかなっていても、問題解決が出来ると。 
それは、モリシのポジショニングの多彩さにあるともとも思うんですけどね。
それにつられて駿くんの動きもシーズン序盤からするとずいぶん、バリエーションが増えました。

着々と育ってきてるなぁ、と思うふたりです。

こういう最初苦しんだ試合を勝ちきれたというのは、どこで辛抱したらいいかがよくわかってよかったかもしれません。
続くもしかしたら浦和、できれば、川崎が先の方がいいんだけど、浦和になったとして、ここは、負けられません。
とにかく、全勝で優勝にむかって行けるのか、ACL出場権なんで甘いことはいいませんよ。去年逃した優勝を今年こそ、このサッカーで手に入れたいんですよ。

やってやりましょうよ、逆転優勝。
やれるサッカーになってきたと思いますよ。

クラブが生まれ変わる

「ゼルビア」という名前を変える、という、条件での出資な訳ですよね。

もしも、サンフレッチェに消滅の危機がおとずれて、5年後にJ1制覇なんて言われたとします。

今のゼルビアのチーム状況と同じとして、4年後J1の3位內にくい込むために何をしなければならないか、とすれば、メンバーの総替え、ですよね。
メンバーのレベルが今から1年内に変わることはありませんから、当然ハイレベルな選手を雇います。
とりあえず、来年、昇格、再来年はJ1で上位進出、例えばそういうチームにどうしたらなれるのか…もしも、それができたとしたら…

チーム名をうばわれ、選手を変えられ、サッカーの歴史も塗り替えられる、ことが、クラブを救ったとするならば、それは否としか言えないんですね。
もうそれは、どうやっても、サンフレッチェでも、ゼルビアでも、ないわけです。
サンフレッチェだったものであり、ゼルビアだったものであり、そこでそれまでのクラブの歴史は終わって、新しいなにかに変わるのです。

先日、「クラブの伝統」についての記事を書きました。
ただ、続いているだけで伝統というものができるわけではありません。
受け継いでいくものがあること、受け継がれていることが、伝統なのです。

サポーターしかり、サポーターのカラーもクラブの伝統と共に受け継がれているのです。

しかし、今回のサイバーエージェント藤田氏が出資するということ、それに対してクラブ名変更などの改革をしたいと思ったことは、出資者として当たり前の権利であると思うのです。
 
本当の意味でゼルビアを「売った」のは、社長以下、フロント陣であること、経営をどん底に落とし、出資者にサッカークラブの在り方も理解してもらえないような、経営陣こそが、ゼルビアとゼルビアサポーターをないがしろにした人達ではないかと思うのです。

もしも、サンフレッチェが同じようになれば、これは、私の考えたことですが、全く違うチームにするなら、サポーターとしての歴史も1からになると、考えて、出直さないとならないかもしれません。 
最後の最後に残った、「その土地から出ていかない」ということだけを頼りにまた1からクラブの歴史を作っていくしかないのかもしれません。


ですが、5年後にJ1を席巻、というのがどれだけのことか、おわかりでない。
やればできるはず、諦めなければなんとかなる、というほど、あまいものではありません。
出資に対して、皮算用がすべて、うまくいく前提と思っているのなら、もしもビジネスがうまくいったとしてもサッカーにその甘さを指摘されると思うのです。

それで、ビジネスが上手くいって、ゼルビアが有名な選手を連れてこれて、お客さんも増えて、黒字になったとします。

ここで例とするのもどうかも思われるかもしれませんが、神戸にしても浦和にしても、お金で選手をあてて、お客さんはふえてもサッカーというものは、その系譜にそったものでなければ、簡単にクラブを裏切る結果を出してくるのです。

もし、サッカーに裏切られたとしてもお客さんが多くなってクラブにお金が入ったことが「成功」とするならば、それはもう、サッカークラブでなくても、いまのネット事業を続けていることと同じことで、サッカーにはなんの貢献もしていないということです。

サポーターが思うことは、これは、私の思いですが、サッカーを生業としている以上、サッカーで夢が見られなければなんの意味もないのです。

お金を突っ込んでも、リーグを席巻、制覇することが途方もないことは、優勝経験のあるクラブにかかわる全ての人が知っているのです。

藤田さんほど、頭がいい人ならすぐ分かると思うんですけどね。
それか、藤田さんがまだ、その「沼」にハマっていないのかもしれません。

ハマればわかります。
藤田さんにその日が来ることを期待してやみません。
その時は、「ようこそ!Jリーグへ!」と握手を求めたいですね。


残り6試合に向けて。


清水戦に向けて名古屋戦から神戸戦にかけてのサンフレッチェを参考にいろいろ考えてみたいと思いました。

 

実は、負けていない名古屋戦。

ですが、気持ち的には、勝ち点3どころか奈落の底に突き落とされた感がありました。

それが、前半うまく行きかけていたのに、というところでした。

ポゼッションも切り替えも気を付けていたのに、結局、気持ちがついていかなくて追いつかれてしまったのです。

相手にいいFWがいたというのもありますが、そこのケアをするためにチームとしてどうしていなければならなかったか、というのが明白になった試合でもありました。

そう言ってしまえば名古屋戦というのは、「膿が出た」という内容だったのかもしれません。

それぞれが自分のストロングというものだけでサッカーしようとしてしまった9月。

夏も過ぎ、ばて気味になるところ、フィジカルだけはなんとかしようじゃないか、と走って走っていましたが、見ている側としては、そういうことじゃなくて感がとても大きかったと思うのです。

それゆえに「これがムービングなのか」とか「こんなムービングでやっていくサンフレッチェなんか見たくない」という意見が多くなってしまったと思うのです。

実際、名古屋の前半がやはりフィジカルに物言わせたポゼッションとは、名ばかりプレスサッカーだったらそういう批判続行だったと思います。

しかし、名古屋戦前後あたりから選手の言うことが変わってきたのです。

 

それまで自分たちのサッカーを、とは、言うものの具体的に何がいいからということについてコメントする選手がいなかったのです。

ほとんどの選手が自分のストロングがというところ。たしかにそこがまずないとチームとしての戦略も立てられませんが、とにかく自分がなんとかしよう、という意識が強すぎて、特に9月は、チームという概念を見失っていたように思いました。

そこにあおちゃんが「チームとして」という概念をかがげ始めたのですが、どうもそうは、ならない。

というところからの横浜での敗戦でした。

実際は、ここが「底」だったのかもしれません。本格的に失わないポゼッションに力を入れはじめたのは、9月の中旬から。

それまでは、ポゼッションと言いながらどうしてもマンマークプレスが捨てられなくて中途半端にプレスして中途半端にポゼッションしていたので相手にガンガン裏取られる、という、なんとも情けない形になっていたのです。

 

この2年間見ていて、この監督さんは、やれるなら、あれもこれもしたいという向上心が空回りするタイプだなと思いました。

うまくいかなくなるのは決まって「二兎を追う」時なのです。

動いて圧倒したいし、守備もがっちり行きたい、という、相反することを一つのチームだけでなく、多くの選手起用でやろうとするもんですからうまく行かない。

選手は、いつも同じコンディションじゃないし、同じことを考えてるわけでもないので、そのウイイレ的な組み合わせ論はどうしても破綻してくるわけです。

人間は、生身である、ということを身に染みて感じるときでは、ないかと思います。

(気持ちは、わからんでもないけど)

名古屋戦は、そこからすると、まずどっちかに落ち着こうじゃないか、としたところ、この監督さんが一番本領発揮できるパターンであったと思うのです。

要は、監督が120パーセントでやりたいところを60パーセントくらいにすると、チームとしてうまくいくということなのだと思うのです。

それは、監督が60パーセントの出力というのでなく、選手にやらせるタスクが多すぎる、ということで、戦術をしっかりとひとつに絞れば勝てるチームであるということなのだと思います。

名古屋戦以前「普通にやれば勝てるチーム」と思ったのは、横浜戦を受けて、タスクの多さに気づいて発した言葉です。

「とにかくポゼッションからの切り替えに気をつけて」というのは、名古屋戦の失点からの教訓です。

万を持しての神戸戦、前2戦を受けての修正が今体制初めて効果的に作用したといえる試合だったと思います。

それには、技術が倍以上なのに日本人に比べ瞬発力がなく意外と諦めの速い欧州人とブラジル人がフィールドの半分を占めていたということもこちらには、有利であったと思うのです。

運動量と視野の広さで中盤からトップまで、稲垣祥と森島司の独壇場でしたし、その分中盤を意識した3バックがヴェレイラさんの守備をおろそかにするという普段なら、しないようなことを広島戦でやったのだと思うのです。

 

だから、勝てた、ということも言えるのです。

しかし、そういう思いからすぐ真逆の対策をしてしまうのがこの監督さんです。

じっとここで踏ん張ってみるということができない。

つい、タスクを増やしてしまう。

盛ることを考察するのは、いいんです。リスク管理も攻撃構築も。

しかし、そのなかで今やらなければならないことなのか?というのがあるんです。

ポゼッションしてるのに、プレスまでしなくていいんです。ポゼッションするためにポジション取ってるんですからそれを崩す必要は、ないのです。

「こう」と決めたらしばらくは、これで高めていけば、足らないところは、おのずと浮彫になってきます。

 

個人にしてもそうなのです。

ストロング、ということ、その選手のいいところを出そうということなのでしょうが、いいところばかりを集めてもチームで見るとちぐはぐになってしまいます。

なんで、ここ、ドリブルしちゃうかな、なんでここシュート打つかな、なんでここパスしちゃうかな。

自分が好きなことしかしてなかったら、ここは、違う選択をしなければならないときに打つ手がないんですね。

いいとこどりして、楽しい職場にしたいのは、わかるんですけど、やりたくないこと苦手なことを減らしていかないと、そういうのが必要な時にミスになっちゃう。

不得意だから練習しなかったら、どんどん下手になる、だけじゃなくてできるからって練習せずにいたら下手になってる。

それが、神戸戦で相手がうまいもんだから引き出されて。

できるのに、コンスタントに出ないのは、自分にそういう能力があることに気づいていないということなのかなと。

神戸戦、試合が進むにつれて、どんどん、うまくなっていくんです。

そういうところを普段から気づいていれば、なんですね。

いままで、こういうことは、コーチに言ってもらわないとと思っていましたが、自分が自分のやるべきことに対して、どこまでできるようになるのかチャレンジしないとならんのですね。

もし、それができるようになったら、この若いチームは、3年後にもう一度優勝する可能性があるかもしれません。

 

清水戦に向けて、相手が純然たる日本のチームになるので神戸戦ほどのやりやすさは、望めません。

しかし、この3試合で見つけた、ポゼッションとパスを回すためのポジショニング、切り替えたときのポジショニング、自分が今どこにいるか、どこにいなければならないか

パスを受け渡すサッカーをするならば、相手を削りに行く前に自分がどこにいてパスをもらう、コースをカットできる、両方のラインが見えるポジションにいるのかどうか常に動きなおすことですよ。

その動きなおしで運動量があがるなら、そんなに体力を使うこともありませんから、いざギアを上げたときも対応できますよね。

 

ムーブというのは、ひたすら動くことでなく、いつ、どこで、どこに、動くのかということであると思っています。

すべては、布陣を整えること、崩れた瞬間に相手は、付け入ってきます。

どんなに変えようとしても、サンフレッチェのサッカーは、そこに帰ってくると思いました。

 

ポジショナルなパスサッカー。

美しい布陣から繰り出される攻撃と連携した守備。

若手がその系譜を受け継いでくれますように。

 

 


キャプテンが帰ってきました。

キャプテンが帰ってきました。

とりあえず、こっそりとキャプテンマークを巻いて、わざわざその事が話題になるわけでもなく、ずっとそこにあったかの如く、キャプテンマークを巻いた青山敏弘がいたのです。

去年の暮れ、最後の吉田の日。
実はゆく道で市内に行くあおちゃんとすれ違ったのです。
どこに行ったのかは分かりません。
私は、後になって代表招集に備えて膝の様子を見てもらいに行ったのかなと、勝手に思ったのです。

そう思ってしまったものですから、年明けの代表戦は心配でした。
そして、満を持して登壇した試合で見たのは、膝を気にして、インサイドでなく膝を前後にしか動かさなくていいインステップでのパス出し。
これは、まずい。
テレビの向こうで、走るあおちゃんに、なんで試合に出たんだ、どうして、と思いながらも、そんなにしてまでそこに行きたかったんだ、これでもし、ダメになっても、本人が選んだ道だから仕方ない、と、思ったのです。

試合が進むにつれて、インサイドで蹴り始め、アドレナリンが出てきたことがわかりました。
しかし、このプレイがその後のリハビリ生活の始まりです。

ファンの人達は、どうしてこういうことになったのか、というのをだいたいわかっていました。
みんな、代表戦のあおちゃんのプレイを見て、これは今年どうなるか分からないな、と思ったそうです。
どうかなるかわからない、たとえシーズンインしたとしても、いつ離脱するかわからない、ということです。

遅かれ早かれと思っていたのが、まさかのシーズンイン出来ないということに。
しかし、もしかすると、これは、サンフレッチェのためになることかもしれないと、私の頭をよぎりました。
2018年の後半は勝てなくなりましたが、前半の快進撃をささえたのは、池田コーチによって復活した青山敏弘の運動量でした。

2019年の初めは、2018年の後半戦、勝てなかったこと、これを解消しなければならないと考えると思ったのです。
そのためにはこれまでのチームから大きく変わらなければならない。
一人に頼るチームでなく、全員が自分のやるべきことを率先してやることの出来るチーム。
そのためには、若手を伸ばさなければならない。
そしてポジションをあけることになる青山敏弘のサッカーから脱却し、次世代のサンフレッチェを作る時が、はからずも、やってきたのではないか、と、思ったのです。

ファンとしては、応援する選手に対する、大きな裏切りです。

もし、シーズン中に戻ってくるなら、今のチームをこわさないで欲しい。
どうしてもみんながアオちゃんを頼ってしまう。
いままでのようにしていたら青山敏弘のサッカーが、またサンフレッチェのサッカーになってしまう。

そこで、休んでいる間にあおちゃんが駿を育てることはできないだろうか?
と、考えていました。
なんと単純と言えば単純ですが、キャリア5年目、そろそろチームの中心にいなくてはならない選手になって欲しいし、そういう技術はあると、私は思ったのです。
しかし、そんなことは誰言われるでもなく、あおちゃんはやっていたようで、駿と話をするあおちゃんをちょくちょく見かけました。
自分の復帰についても、やはり、チーム第一に考えていた、ということを先日雑誌の記事で読み、さすが、ベテラン。
チームの事を見渡せるのだな、と思ったのです。

しかし、帰ってきたのち、スタメンに出始めてから成績が低迷します。
下地を作ってもらってから交代で入る方がうまくいってしまうという。
スタメンで90分出ると試合をデザインできなくなってしまいました。
スタメン起用されるということは、当然、去年のようなクオリティを求められるということ。
しかし、ある程度作られたチームの中でイニシアチブを取るには時間が足りませんでした。
前に行ってみたり、後ろで構えてみたり。
試行錯誤している事は手に取るようにわかりますが、なかなか結果につながりません。

ふと、自分だけががんばっている、というように見えました。
それは、アオちゃんだけでなく、みんななのだけど、私はここで、あおちゃんしかチームを作れないのではと、思ったのです。
あおちゃんのチームにして欲しくない、と思いつつも頼る人はこの人しかいなかった。
そんな思いをかかえて迎えた神戸戦でした。

サンフレッチェの今のサッカーで大事なのは、ポゼッションと切り替えです。
名古屋戦までは、ポゼッションはできても切り替えで甘さがありました。
そこを切り替えのリスク管理をしていくと、前日コメントで明言した神戸戦では、見事チームを率い、大勝利を納めました。

って、あおちゃんがやり切ったように聞こえますが、去年と違うのは、あおちゃんのチームでなく、青山敏弘がキャプテンをしている青山敏弘が一選手として活躍できるサンフレッチェであるということです。
あっさりあおちゃんがこうすればと思うこともありますが、チームとなりたければ、地味になってもいいのです。
かわりにモリシがごろーくんがヒーローです。

これからは、彼らを支える立場になるんですよね。

あおちゃんをささえるのは、私たちなのかな??

と、書いてみて、まるで、私とあおちゃんがどこかで繋がっているようなお話になっていました笑
本気のフィクションですよ笑
私が勝手に想像してたことと、起こったことを勝手に並べて見たわけです。

いやーこわい笑。ホントにこわい笑。
第2弾、書くかもしれませんが、読んで貰えるのかなぁ。




人を傷つけるということは。

チョウさんの処分が決まりました。
もしかするとチョウさんだけの責任でなく、チョウさんの言葉が引き金になったのかもしれませんが、自分の言葉が人を傷つける立場にあるということに気づくのが遅かったのかもしれません。

もしかすると違う立場の人が同じ事を言っても生きる事が難しくなるほど傷つかないこともあると思います。
もしかするともっと前から違う人に同じ事を言われていて知らず知らず心が傷ついていたかもしれません。

ですが「立場」というものは、自身が思った以上に強力な武器となります。
そして、結果を出さなければならないと手段を選ばなくなれば、さらにその武器を使ってしまうことになります。
湘南がルヴァンカップを取ったこと、サンフレッチェが3度のリーグ優勝をした事と同じようにかぶります。

どちらもそんなに力量のあるクラブではありません。
選手層もギリギリですし、願ったような戦力はのぞめないのに、結果だけは一流を求められてしまいます。

しかし分相応とはいきません。
宰相であるからには、上を目指して行きたいのは当たり前なのです。
そこで、キツく当たってしまう。
きつく言えばその時はやるんです。
それなりに結果もでるんです。
自分は言われたくないからと言われないように上手くやる選手もいます。
そうなると余計でも上手くやれない選手が辛く当られます。

チームの中で格差が出来てきます。
俺は、好かれている、と思う選手も出てくるでしょう。
傍から見ているとよくわかるんです。
ここに境があるんだなと。
そういうチームを見て上手くいっている、やる選手が何人かいればチームは上手く回っている…ように見えていたところに火種はあったのでしょう。

今どき、メンタルをやられてしまったら、病名が出るので昔のように「気のせい」という訳にはいきません。
では、なぜそうなったのか?という原因を探します。
当然、直近のストレスが原因ということになるとおもうのです。

だから、チョウさんは運が悪い、ということではありません。
私はまだ他にもチョウさんのような指導者がいるのではないのか?と思うのです。
自分にはよくしてくれているから、あの人はいい人ではなく、自分以外の人にどうしているのか、ということを見て、下の立場の人間も判断しなければならないと思うのです。

チョウさんが湘南ベルマーレというチームを自分の思うとおりに動かしたかったかどうかは、私にはわかりませんが、人の集まりというものは、そういうものでないと、わかっていれば、言葉もずいぶんかわったのではと思ったのです。


その昔、サンフレッチェの若手を「なにやってんだ!バカ!」と練習中に叱責したコーチがいました。
当時はそれくらいのことはあるよな、と思っていましたが、練習が終わる頃、その選手を呼んで「さっきは、カッとなってすまなかった、バカはなかった、本当にすまん」と、謝っていたそうです。
そのプレイがあんまりだったとも、聞きましたが、やはり、人格否定はダメだ、ということが、当時のサンフレッチェのコンプライアンスにはあったようです。

戸田さんのブログにもあったように、理不尽な思いをしたから頑張れた訳では無い、というのが答えです。
私も今の仕事に就いた当初やはり理不尽な思いをたくさんしました。
現場でもそうでしたし、女性だからということで理不尽な思いをしました。
しかし、そういうことされたから、それを自分がすることも当たり前だと思ってしまっていた時期もありました。
理不尽なことされて、負けたくないばかりに私は理不尽なことを言っていました。
それを自分より下の立場の人に言ったこともあります。
その当時はそれでいいと思っていました。

その後、パワハラやモラハラやセクハラ、人権侵害の教育が会社であったんですね。
これについては、自分がいかに相手を思っていなかったかを思い知らされました。
こういう自分がどうだったか、というのを受け入れるのは、本当に難しいし、心が歪むような、苦しさがあります。
罪を受け入れる、ということ、反省ということです。
そのことから、人を追い詰めなくても人にお願いすることができることも知りました。

チョウさんも人を怖がらせなくても人にお願いすることが出来るようになれば指導者としての人生も変わるもしれません。
これがきっかけになり、チョウさんの人生か180度かわるかもしれません。

そうなって、また、指導者として多くの選手を育てる日がくるように祈っています。



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