会いたいときに 会わない
会いたくない人に 会う
言われたくないときに 言われる
言いたいときに 言えない
食べたいときに 金がなく
食べられないときに ご馳走
楽しいときに 一人
しんどいときも 一人
それって、試練?
そうです。それが試練です。
これを乗り越えられた人が
本当に幸せを感じられるんだと信じている。
ここで僕の好きな歌詞を。
「信じられぬと 嘆くよりも
人を信じて 傷ついたほうがいい
人は 悲しみが 多いほど
人には優しく できるのだから」
だめだと分かっていても信じてやり続けると、結果につながる。
今日のヴィッセル神戸対清水エスパルス戦を見ていてそう感じた。
今日の試合を最 低でも勝たないとJ2降格。
しかもエース大久保不在での格上チームとの試合。
神戸に世話になるものとして、応援に行かねばならないでしょう。
久しぶりのスタジアムに心躍らせ、みさき公園へむかった。
序盤はパスミスが多く、自信なきプレーにひやひや。
しかし徐々に流れが・・・。
後半にはチャンスがたくさん訪れるが得点に結びつかない。
と、いるはずのない場所にDF茂木の姿が・・・。
ゴーーーーール!!
結局その得点が決勝打に。
33試合中たったの8回しかない勝利の一回となった!!
しかもエスパルスという強豪からもぎ取った貴重な1勝。
本当によくやった。
ちなみに降格争いのライバル、FC東京は山形に最後の最後に追いつかれドロー。
是非、次回の浦和レッズには勝って
J1残留!
今日のヴィッセル神戸対清水エスパルス戦を見ていてそう感じた。
今日の試合を最 低でも勝たないとJ2降格。
しかもエース大久保不在での格上チームとの試合。
神戸に世話になるものとして、応援に行かねばならないでしょう。
久しぶりのスタジアムに心躍らせ、みさき公園へむかった。
序盤はパスミスが多く、自信なきプレーにひやひや。
しかし徐々に流れが・・・。
後半にはチャンスがたくさん訪れるが得点に結びつかない。
と、いるはずのない場所にDF茂木の姿が・・・。
ゴーーーーール!!
結局その得点が決勝打に。
33試合中たったの8回しかない勝利の一回となった!!
しかもエスパルスという強豪からもぎ取った貴重な1勝。
本当によくやった。
ちなみに降格争いのライバル、FC東京は山形に最後の最後に追いつかれドロー。
是非、次回の浦和レッズには勝って
J1残留!
坂道を登るときは頭を下げろ!
坂がきつければきついほど下げろ!
坂道を下るときは胸を張れ!
転げ落ちないようにいっぱい胸を張れ!
坂がきつければきついほど下げろ!
坂道を下るときは胸を張れ!
転げ落ちないようにいっぱい胸を張れ!
成功した人のことを「幸運の持ち主」とか、「ラッキーが落ちていた」といって終わらせることが多いが、実は幸運をつかむのも能力の一つであるという考え方なのだ。その能力をセレンディピティというそうである。何かを捜し求めているときに、そのものとは全く違う価値のあることを発見する能力だ。ここでのポイントは常に何かを探し求めているということにある。全力で取り組んでいると必ず新しい価値を発見する。
10回連続で失敗したとしても、11回目に新たな価値を発見するかもしれない。どんなことにも目をむけ、アンテナを張っていることが大切なのだろう。物事を覚えたり、技を身につけたりすることも大事だが、このセレンディピティがベースにあるように思えてならない。
10回連続で失敗したとしても、11回目に新たな価値を発見するかもしれない。どんなことにも目をむけ、アンテナを張っていることが大切なのだろう。物事を覚えたり、技を身につけたりすることも大事だが、このセレンディピティがベースにあるように思えてならない。
若いころは目的地に早く着きたくて、どこへ行くにも車を使ってきた。
しかし、最近は努めて歩くようにしている。健康のためということもあるけれど、歩くと、今まで見えなかったものが見えてくる。
今日古いアーケードのある町を歩いた。始めて見る専門店があった。
「八百屋」「鍋屋」「熨斗(のし)屋」「石の動物園(石造屋)」・・・
まるで昭和時代にタイムスリップしたかのようだった。
残念なことに、どの店も今にもつぶれそうな店だった。いや、すでにつぶれているのかもしれない。
人は政治のせいにしたり、周りに住んでいる人のせいにしたりしながら、
古きよき時代を懐かしんでいる。
おそらくその昔はその町で鍋がほしい人は鍋やへ、野菜の買いたい人は八百屋へ行っていたのだろう。
しかし、その店々は変わらねばならないときがあったように思えてならない。
時代の変化に対応していれば、今も経営が成り立っていたかもしれない。
例えば現代では「熨斗」だけを売って生計がなりたつとは到底思えない。
ステンレスの鍋だけが飛ぶように売れるとは思えない。
正直にいうと一つ一つの店は時代の流れとともに変われなかった店なのだ。
店を経営するための努力が足りなかったように思えてならない。
まわりにいる人が何をほしがっているのか、他の店の値段がどうなっているのか、
他店と協力(合併?)したほうがよいのか、立地が悪いのか・・・・。
昔の古いウールのコートをぎゅっと握り締め、寒さを耐えていても始まらない。
捨てる勇気も必要だったのではないだろうか。
ひとつのことにこだわり、やり通すこともいいが、プライドや経験を捨て、
一からやれる勇気を持って生きていきたい。
しかし、最近は努めて歩くようにしている。健康のためということもあるけれど、歩くと、今まで見えなかったものが見えてくる。
今日古いアーケードのある町を歩いた。始めて見る専門店があった。
「八百屋」「鍋屋」「熨斗(のし)屋」「石の動物園(石造屋)」・・・
まるで昭和時代にタイムスリップしたかのようだった。
残念なことに、どの店も今にもつぶれそうな店だった。いや、すでにつぶれているのかもしれない。
人は政治のせいにしたり、周りに住んでいる人のせいにしたりしながら、
古きよき時代を懐かしんでいる。
おそらくその昔はその町で鍋がほしい人は鍋やへ、野菜の買いたい人は八百屋へ行っていたのだろう。
しかし、その店々は変わらねばならないときがあったように思えてならない。
時代の変化に対応していれば、今も経営が成り立っていたかもしれない。
例えば現代では「熨斗」だけを売って生計がなりたつとは到底思えない。
ステンレスの鍋だけが飛ぶように売れるとは思えない。
正直にいうと一つ一つの店は時代の流れとともに変われなかった店なのだ。
店を経営するための努力が足りなかったように思えてならない。
まわりにいる人が何をほしがっているのか、他の店の値段がどうなっているのか、
他店と協力(合併?)したほうがよいのか、立地が悪いのか・・・・。
昔の古いウールのコートをぎゅっと握り締め、寒さを耐えていても始まらない。
捨てる勇気も必要だったのではないだろうか。
ひとつのことにこだわり、やり通すこともいいが、プライドや経験を捨て、
一からやれる勇気を持って生きていきたい。
コミュニケーションの基本は3way
つまり、
「行って」
「帰って」
「もう一度行く」
たとえば、「明日9時集合」という情報をメールで出したとする。
「了解」
これでコミュニケーションが終わるように思える。つまり2way。
しかしもしも
「いいえ、9時にいけません」
という情報だったとすると・・・・。
断ったほうは、本当に情報を出した人に伝わったかどうか不安になる。
ひょっとしたら、9時に来ることを期待しているかも、と。
やはり、その後の「9時に来れないこと了解!」という情報を出さなくてはならない。
だから3way。
この法則は結構いろんなところに当てはまる。
つまり、
「行って」
「帰って」
「もう一度行く」
たとえば、「明日9時集合」という情報をメールで出したとする。
「了解」
これでコミュニケーションが終わるように思える。つまり2way。
しかしもしも
「いいえ、9時にいけません」
という情報だったとすると・・・・。
断ったほうは、本当に情報を出した人に伝わったかどうか不安になる。
ひょっとしたら、9時に来ることを期待しているかも、と。
やはり、その後の「9時に来れないこと了解!」という情報を出さなくてはならない。
だから3way。
この法則は結構いろんなところに当てはまる。
今日、副学園長(ハゲ<本人談>)からの話。
「今自分の周りにいる人があなたの一週間後の姿です」
一週間とは極端ですが、間違いなく自分の周りにいる人は将来の自分なのです。
自分の周りに引き寄せる人、おのずと集まってくる人は、自分が選んでいる人なのです。
別の言葉では、
「類は友を呼ぶ」
ともいいます。また、
「下を見るな、上見て暮らせ」
なんていいますね。友達は自分のバロメーターなのかもしれません。
先輩から、
「○○ちゃん(ぼく)、飲みにいこう」
後輩から
「○○さん(これもぼくです)、飲みに連れて行ってくださいよ」
これはまさに、明日の自分を見ているのですよね。
受け入れるか断るかは自分次第。
「今自分の周りにいる人があなたの一週間後の姿です」
一週間とは極端ですが、間違いなく自分の周りにいる人は将来の自分なのです。
自分の周りに引き寄せる人、おのずと集まってくる人は、自分が選んでいる人なのです。
別の言葉では、
「類は友を呼ぶ」
ともいいます。また、
「下を見るな、上見て暮らせ」
なんていいますね。友達は自分のバロメーターなのかもしれません。
先輩から、
「○○ちゃん(ぼく)、飲みにいこう」
後輩から
「○○さん(これもぼくです)、飲みに連れて行ってくださいよ」
これはまさに、明日の自分を見ているのですよね。
受け入れるか断るかは自分次第。
今日はある会で心に残る言葉を聞きました。
いい加減に取り組んだ者は 文句が出る。
中途半端に取り組んだ者は 愚痴が出る。
しかし、
一生懸命に取り組んだ者は 知恵が出る。
まさにその通りじゃないですか。
文句ばかり言っている人にろくな人はいませんよね。
愚痴ばかり言ってる人は、取り組んでいないわけではないけど、
愚痴を言うことによって、やらないことを正当化していると思います。
やはり、「無言実行」。
そんな人になりたいですね。
いい加減に取り組んだ者は 文句が出る。
中途半端に取り組んだ者は 愚痴が出る。
しかし、
一生懸命に取り組んだ者は 知恵が出る。
まさにその通りじゃないですか。
文句ばかり言っている人にろくな人はいませんよね。
愚痴ばかり言ってる人は、取り組んでいないわけではないけど、
愚痴を言うことによって、やらないことを正当化していると思います。
やはり、「無言実行」。
そんな人になりたいですね。
最近特に思うこと、それは、過去を振り返れば振り返るほど先に進めなくなるということ。
「あのころはよかった」
と思っている限り、過去以上の満足は得られない。
思い出作りだ!と思って撮った写真を捨ててこそ、未来が開ける、そんな風に感じる。
記録することは大切なことだが、記録にとらわれてはいけない。
常に前を向いて進まなければ・・・。
そう思って、今日、PCを全てリセットし、
ウインドウズを再インストールした。
きれいサッパリ。
連休後から仕事がはかどるだろう!
「あのころはよかった」
と思っている限り、過去以上の満足は得られない。
思い出作りだ!と思って撮った写真を捨ててこそ、未来が開ける、そんな風に感じる。
記録することは大切なことだが、記録にとらわれてはいけない。
常に前を向いて進まなければ・・・。
そう思って、今日、PCを全てリセットし、
ウインドウズを再インストールした。
きれいサッパリ。
連休後から仕事がはかどるだろう!
