【通天閣】大阪のシンボルになぜ「日立」が刻まれているのか? | きたろぐ〜ヘルスコーチの健康、雑記のワンポイントブログ〜

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こんにちわ♪

きたろーです爆  笑

 

今日は雑記ブログです!

 

 

 皆さん、通天閣ご存知ですか?

出典:写真AC

 

 

きたろーさん。

 

さすがにわかるよ!ばかにしてるのか?

と思われた方すみません笑

 

 

では、通天閣に書かれている文字って何か覚えてますか?

 

 

社会イノベーションの日立

 

 何か違和感を感じませんか

 

 

「日立...!?

 

 

なぜ、東京発の企業が大阪のシンボルに刻まれているのか…

そんなことを考えながら通天閣を見られた方は、ほとんどいないと思います。

 

果たしてなぜなのか?

 

 

現在の通天閣、実は2代目なのですびっくり

初代通天閣は明治時代に大阪のシンボルとして、パリのエッフェル塔をモデルにして誕生しました。

しかし、戦時中やむを得なく取り壊されたそうですタラー

 

そして2代目が再建されたのは、1956年。

誕生の裏には、新世界の方々の熱意、戦後復興の形として、

大阪のシンボルをつくろうじゃないか!という思いがあったそうです。

 

 

「通天閣を復活させる!!

 

 

それには、多額の建設費用が必要で、資金繰りは簡単ではありませんでした。

その時、新世界の方々は地元大阪の企業にお願いしようと考えたそうです。

 

 

大阪の名だたる企業「三洋電機」「松下電器(現:パナソニック)」「グリコ」に

資金援助を依頼しましたが、すべて受け入れてくれることはなかったそうですえーん

 

 

そこで白羽の矢が立ったのは、電業界で三洋電機、松下電器と競合していた

東京の「日立製作所」でしたびっくり

 

日立製作所は通天閣の内情を受け入れ、出資し、通天閣が完成しました!

 

 

このような経緯から大阪のシンボルの通天閣は東京の日立製作所のネオンが灯ることとなりましたキラキラ

 

 

日立製作所との契約が締結されたことを後から知った松下電器の創業者・松下幸之助は

 

「なんで、東京の会社に取られるや」

 

と怒りを露わにしたともいわれています!

それはそうですよね笑い泣き

 

 

大阪のど真ん中の新世界に、大阪のシンボルは東京の企業の力で作られました!

なんとも、とんちのきいた話ですよね笑い泣き

 

 

ぜひ、通天閣に行く際にはそういう事実があったんだと思い出しながら

観光されてみるのはいかがでしょうか爆  笑キラキラ

 

 

 

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近くは道路幅が狭いので、車で行かれる際はご注意ください。