「しびきせ祭」 説明板から
毎年12月15日に安徳帝を偲ぶ祭と農村の収穫儀礼行事を合わ
せた祭として「しびきせ祭」が行われていた。
1185年(元暦2年)に壇之浦で入水されたと伝えられる安徳天皇
は、平氏の公卿方に伴われて門司の田の浦へ上陸、松ヶ江を越え
長野城主を頼られ二、三ヶ月隠れておられたが、城主が亡くなっ
たので英彦山に向って城を出られたという。
横代を通り隠蓑(当時は城野村)まで来られた時、村は名もなき
庵寺の屋根葺替えの最中であった。
源氏の追っ手が迫ってくるのを知った村人は同情申し上げ有り
合せの茅や藁などの蓑を持って天皇を御隠し申し、上から藁しび
等を着せかけ気付かれぬようにし、それにより天皇御一行は逃れ
ることができたといわれている。
祭行事では神主が御祓した後、その年の年少者を安徳天皇に見
立てて藁しびをかぶせて子供の災難を除き無事成長を祈る。
その際、握りこぶし大の安徳天皇の御姿や御靴型を納めたすぼ
を御供えし、祭りが終わると氏子達がそれぞれを持ち帰る。
春には、先帝祭というおこもりも行われている。
2025年12月15日(月)14時位、モノレール志井車庫前から徒歩20分
位で「安徳天皇御廟」。
「しびきせ祭」は数年前から少子化などから中止と問合せで聞い
ていた。地元の方達がお守りされていて、整備されている。
本堂や地蔵様、御堂などの水替えと御供え物。

