セラピーの最終日に、わかったこと。
あるセラピーを受けている。 先日、全3回の最終日だった。 最終日のセラピーで、 「私は、ずっと、 人と、違うことが、 いけないことだって思っていたんだ。 だから、 人と違わないように、 自分を消していたんだ」 って、ことが、やっと、わかった。 ************************* こどもの時から、 私は、なぜか、 「ふつうと違う」って思っていて、 だから、 ずっと、 「ふつうになりたい」って、 思っていた。 私が、 始終感じている「寂しさ」は、 私が、私を消している。 そこから、やってくる。 それが、わからなくて、 寂しいのだけ、感じて、安心したくて、 だれかに「依存」してた。 だれかに依存する為に、 私は、 誰かと 一緒の 思いに、 考えに、 ならきゃだめって、 思っていて、 でも、 やっぱり、 そんなこと、 できる訳なくて、 そんな私を、 人と違う私を、 いけないと 思っていた。 ********** セラピーで、 そのことがわかった時、 パァーンと何かが弾けたみたいになった。 何かが 弾けて、 剥がれて、 剥がれて、 自分が、透明になったような気がした。 透明なのは、 とても、 キレイで、 一瞬、 すごく、 嬉しくて、 ほっとしたんだけど、 そのあとから、 キリキリと胸が痛くなった。 セラピストさんが、 「『共感』ってね、 あなたと私は、違う思いだけど、 それを、尊重するってことなのよ。 『同感』じゃないのね」 って、おっしゃった。 そうだ。 「同感」じゃない。 「共感」であればいいんだ。 ココロに沁みていくコトバ ********************* 「人と違うのはいけない」 という思いは、 まちがってはいたけど、 今までの私を支えていた思いなんだよね。 その思いが、 剥がれてしまうから、 ぽっかりと胸の中が、 空いて、痛い。 今まで、支えてくれていたんだものね。 痛いよね。 大切に感じよう。 ********** 人と違うから、 「私」なんだ。 人と違うから、 「私」でいいんだ。 その思いは、 私を、安心させる。 胸が痛いけど、 寂しくない。 よかったって、今、思う。