前者は、相手に伝えるための書く技術。
著者の午堂登紀雄さんは、資産形成や投資に関する本を何冊も出されていますが、
本書は、そうした本を書くために必要な考え方やノウハウをまとめてあります。
著者の午堂登紀雄さんは、資産形成や投資に関する本を何冊も出されていますが、
本書は、そうした本を書くために必要な考え方やノウハウをまとめてあります。
後者は、相手に伝えるための話す技術。
著者の山本高史さんは、言葉を伝えることを生業にしている著名なコピーライター。
それだけに、言葉に対する思い入れは深いものがあります。
著者の山本高史さんは、言葉を伝えることを生業にしている著名なコピーライター。
それだけに、言葉に対する思い入れは深いものがあります。
どちらにも共通しているのは、受け手に思いを伝えるためには技術が要るということ。
自分の思いを自分なりに伝えるだけでは、書くことも話すことも相手には伝わらない。
自分の思いを自分なりに伝えるだけでは、書くことも話すことも相手には伝わらない。
山本さんによれば、
それは、受け手である相手と送り手である自分との間に、共有がなされていないからだ。
送り手である自分の言葉が価値を持つかどうかは、自分ではなく受け手である相手が決める。
送り手である自分の言葉が価値を持つかどうかは、自分ではなく受け手である相手が決める。
だから、まずは自分が受け手の立場に立って考えなければならない。
そのために必要なのは、想像力。そして、想像力の源泉は「経験」。
そのために必要なのは、想像力。そして、想像力の源泉は「経験」。
受け手は、いつも自分が言って欲しいことを送り手に求めている。
だから、送り手がぴったりの言葉を受け手に渡したとき、初めて受け手の心に響くのだ。
だから、送り手がぴったりの言葉を受け手に渡したとき、初めて受け手の心に響くのだ。
午堂さんは、そのときの状況を、「そうそう、へえー」と言わせることと定義している。
文章の研究とは、自分の心を通した、他人の心の研究であると。
文章の研究とは、自分の心を通した、他人の心の研究であると。
たしかに、文書であれブログであれ、相手に伝えることを目的にしているのであれば、
ひとりよがりの文章では意味がない。
ひとりよがりの文章では意味がない。
読んでくれた人に、「そうなんだよね、言いたかったのはそれだよ」とか、
「そういう考え方もあるのか、へえー」とか感じてもらえることが必要なのだ。
「そういう考え方もあるのか、へえー」とか感じてもらえることが必要なのだ。
そのために必要なのは、「もし自分が受け手だったら」と考えること。
そして、受け手にとってのベネフィット(役に立つこと)を提供してやること。
そして、受け手にとってのベネフィット(役に立つこと)を提供してやること。
要するに、相手を思いやるとか、相手に貢献するということがコミュニケーションの基本ということだ。
これは、職場でのマネジメントにも通ずることだと思う。
相手に伝えることの出来る人は、相手を理解できる人。
相手に伝えることの出来る人は、相手を理解できる人。
心して書き、話し、伝えていきたいと思う。
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