帰還困難区域・・福島の情報 | 貴照良日 「貴照(きしょう)」のブログ

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コーチング歴34年。当初は、熊本中心地のカフェで鑑定。下通り,上通り,新市街に交通センター(現:サクラマチ)のcafeで待ち合わせをしていた時代。熊本を拠点とし、国内外の方のリモートも行ってます。鑑定50,000人以上になり、その独自流の統計から「貴照鑑定」を確立




原発「帰還困難」2万5300人…福島7市町村


 東京電力福島第一原発事故の避難指示区域が28日、福島県双葉町で再編されるのに伴い、原発20キロ圏の警戒区域での再編が完了する。

 放射線量が高く、事故後6年は戻れないとされる「帰還困難区域」の住民は、7市町村で計約2万5300人と確定する。

 区域再編は自治体ごとに行われ、帰還困難(年間被曝線量50ミリ・シーベルト超)、居住制限(同20ミリ・シーベルト超、50ミリ・シーベルト以下)、避難指示解除準備(同20ミリ・シーベルト以下)の3区域に分けられる。警戒区域内で最後となる双葉町は28日午前0時、住民の96%が住んでいたエリアを帰還困難区域、残る北東部を避難指示解除準備区域とする。

 各自治体のデータなどから、今回の再編で帰還困難区域の住民は7市町村合わせて2万5342人。立ち入りは禁止され、避難生活は長期化する。第一原発がある大熊町(1万610人)と双葉町(6270人)が多く、両町の南北に位置する富岡町が4650人、浪江町が3410人と続く。この4町は長期の避難を念頭に、住民がまとまって暮らす町外コミュニティー「仮の町」を構想、第一原発南側に位置するいわき市を主な候補地としている。

(2013年5月27日03時04分 読売新聞)


そして・・こちらも


福島民報社さん・・

ランドセルに涙 浪江小保護者に学用品返却

 東京電力福島第一原発事故による避難区域が再編された浪江町の浪江小で26日、避難のため教室に残されたランドセルなどの学用品が保護者に返却された。
 学校には朝から次々と保護者が訪れ、子どもの教室に向かった。机の上に置かれたランドセルと道具箱を袋に入れたり、壁に張られた習字や作文を涙ぐんで見たりしていた。久しぶりに会った知人と抱き合い、「今どこにいるの」などと近況を語り合う姿もあった。
 避難先の白河市から来た会社員高野祐治さん(45)、千恵美さん(43)夫妻は震災当時6年生だった長男裕将君(14)、1年生だった次男雅貴君(10)の荷物を詰めた。祐治さんは「長男はもう中学3年で受験の年。時間の長さを感じる」と話した。新潟県柏崎市から、当時5年生だった三女ひかりさん(13)の荷物を取りに訪れた会社員渡部徳夫さん(50)は「マチは時間が止まったままで、思い出がよみがえってつらい部分もある。(返却は)微々たる一歩だが区切りでもある」と語った。
 震災当時の同校の児童は558人。二本松市にある現在の浪江小で学ぶのは17人で、多くが県内外の学校に分散した。
 学用品の返却は6、7月にも行う。学校側は保護者の要請を受け、昨年12月から調査、整理などの準備を重ねてきた。


福島のZさんからシェアさせていただきました。