原発に近くても線量が低い地区は自由に行けるようになったのです。
逆にしばちゃんの家の様に30キロも離れているのに放射線量が高い区域は帰還困難となりました。
また、私達が応援している「しばちゃん」より 今までの浪江町のことをお知らせいただきました。
頂いたメールをUPしても良いとのご連絡をいただきましたので、仮設住宅に住んでいらっしゃる 生の声を読んでください。
浪江町の置かれた状況ですが、最初からですと、まず原発立地の町は、3・11の夜には避難を開始していて東電から危険な状況が知らされていたんです、浪江町は、隣の町なので緊急時には連絡する協定が結ばれていたのにもかかわらずに何の連絡も無く3月15日の午前までそのままの生活をして、高線量の中でマスクも付けずにヨウ素131とセシウムを体に浴びてしまいました。
私の居た津島地区からは、プルトニウムもストロンチウムも検出されています、何万年も無くならない物質だそうです。
浪江町の避難者はほぼ全国の都道府県に避難しています、熊本にも数名いる模様ですよ。 それだけ情報もなく逃げ惑ったと言うことです。
浪江町は、今夜24時に避難区域再編がされます、私の家には、後10分でバリケードがされて何時行けるのか分からない状況になります
悲しい現実ですね、我が家に許可を申請して降りなければ行けないんですよ、住宅ローンを抱えた方も沢山いますが、東京電力と国は住めない家のローンの補償はしていないのでもう住めないのに支払いだけが重くのしかかって来ています。
自殺者も何人も出ています、私の知人も数名自殺しています。有る方は一時帰宅をした我が家で割腹自殺をして抗議をしました、この気持ちが東京電力には届かないんです、死ねばそこで補償の対象から外れて終わりです。
有る方はまだ24歳で親の事や生活の事を考えすぎて首つり自殺をしてしまいました、責任感のある方ほど考えすぎて精神的に不安定になり誰も周りが気づいてあげないと死を選んでしまいます。
私も、仮設住宅に入って直ぐに倒れてしまい救急車で搬送されて一時は脳梗塞かと言われましたが、ストレスによる平衡感覚の異常で歩けなくなりました、その後何とか回復して今は、近距離の運転も出来る状態になりましたが、同じ症状の方が沢山いて驚いています。
皆原因はストレスからくると医者は、言っています。
また鬱病の方も沢山出ています、同じ仮設住宅にも鬱と診断された方が沢山いて驚くほどです、私も鬱と診断を受けています、
日頃は何にもしたくないんです、ご飯は食べないといけないから食べると言う感覚です、損害賠償の書類なんて見たくも有りません。
損害賠償の件ですが、1か月ごとに避難のための精神的損害に10万円支払うとなっていますが、以前の生活では自家水で水道料も掛からずにいたり、農業をして野菜を畑で作り食べて居たのにも関わらずにその10万円に含まれていると東電は主張して支払には応じません。
精神的な損害と言って置いて中身は、こんな状況です、これは当事者しか知りませんよね。
浪江町は、帰れるのは20%位の面積で残りは高線量地区となり、帰還困難区域となりました、書いて居る内にもうなってしまいましたね。
福島県の水道水からは、ストロンチウムが検出されている所もありますが公表はされていません。
先日の電源喪失事故もネズミとされていますが、東京の日比谷で行われた集会で、内部告発がされてあれはネズミでは無くて原因不明の電源喪失で2号機は危機的状況まで温度が上昇して危機一髪の状態だったと話されましたよ。
そんな危険な原発の近くに浪江町は(約4キロ)に復興住宅を作り帰りましょうと言っているんですよ、国の主導ですがね。
そんな危険な所に行けますか、子供を連れて行ける訳がないですよね。 直ぐ近くに原発が肉眼で見えるんですよ。
この国は異常な国だと思います、そんな危険な区域に国民を行かせて賠償を何が何でも早く打ち切りたい一心なんですよね。
原発は未だに屋根が吹き飛んでいて、放射能が漏れ続けています、格納容器は破損していて一日に冷却水は20トンかけて冷やしていますが、汚染水は1日400トン溜まっているんですよ、地下水が原子炉建屋に流れ込んでいるんですよ、と言うことは原子炉建屋に亀裂が入っている証拠ですよね、メルトダウンした核燃料もその建屋の底に溜まっているんですよ、恐ろしくて先日の時も又避難と考えました。
車のガソリンも常に満タンにしています。
3月30日に我が家に行ってきましたが悲しいですね、見納めかと思うとため息しか出ませんでした、どこも壊れていないんですよ。
妻と一緒に植えた将来の楽しみのブルーべりーも芽を出していましたし、花や植木も芽を出して居ました。
小さな植木は、猪にやられてしまいメチャメチャでした、じっと見つめてがっかりして涙しか流れませんでした。
皆の家がこんな状況です、故郷を奪われてしまいました、何にも悪い事をしていないのに何でこんな目に遭わなければいけないのでしょうか、誰かに教えて欲しいです・・・・・
4月中旬からは、家と土地の賠償の話になりますが、固定資産税の評価額での賠償となるために、熊本で言えば阿蘇と同じ感じの自然がいっぱいの我が家は、話にならないくらいの評価しかされずにとても土地も家も買えません。
例え小さくても自分で必死に働き支払いをして愛着のある我が家を只評価額では、納得がいきません家と言うのは、建物もそうですが周りの環境や景色全てが含まれていると思います、自然に囲まれ鳥が鳴き山菜が採れる環境全てが我が家なんですよね・・・・・・
農業機械の賠償はもっと酷いです、何台有ろうが50万円で終わりですよ、領収書が無いと例え新しくても一山幾らの話なんです。
トラクターが何台あろうが50万円しか払いません。 この国は弱者に強い国なんですよ。はんこを押さないと1円も支払われませんしね。
売りたくても汚染された機械は誰も買ってはくれません、まだまだ動く機械なのに悲しいですよ・・・・
只高くなったのは、放射能だけと言う悲しい現実が浪江町には有ります、原発の無い穏やかな町がね、原発マネーの恩恵を受けていないのに一番汚染された町になってしまいました、今度汚染マップを送ります。
貴照 梨左様へ
明日からはもう帰れません。
私たちは、真実をしっかりと自分の耳と目で確認して何をすべきか?
今回の東日本大震災・・原発で生活がまったく見えなくなっている方々のことは、 決して他人事ではなく、
日本の問題だと思っております。 その中で、自分にできること・・ ずっと考えていました。
自分ができることは、原発の問題はとても難しく、何から何をしてよいのかわからない中、
熊本に住んでいる意味があると思い、私は心の応援と健康のサポートさらに、生活して いくにあたっての就労の対策かと考え、毎月熊本からお野菜を送らせていただくことから 始めました。
このお野菜の応援が、いつか・・「しばちゃんスーパー」という形で熊本と福島が 姉妹県になれらばと思っております。
私にできることは小さなことしかできません。
毎月お送りしているのも、ほんの少しです。1つの仮設住宅240名100世帯の方へ お送りするとしても1日分です。
しかし、量ではなく気持ち・・心だと思っております。
思い続けるこころ・・裏切らない心・・・そして優しい心・・・
大きなことが出来なくても思いを分かち合うことも応援と思っております。
毎月、500円でも・・たとえ街角で配られているティッシュでも・・または、 家にあるトイレットペーパー1ロールでも、
また、メッセージカードに応援の詩や油絵がお得意な方が、今度画をプレゼントしたいとお声もありました。
気持ちをまとめて福島へお送りします。
送料がとても大変、だけど・・その送料にと本日100円くださった方もいます。
大きさでもなく金額でもなく・・気持ちです。
みなさん・・世の中は風化しつつあります。 現実問題もありますが、遠く離れている私たちは、
心の応援に心を一つにしませんか?
これからも私は、しばちゃんたちを親戚と思って応援を続けて参りたいと思います。
その応援から熊本の伊藤さんご夫妻・・後藤さんが農業を始めてくれました。
さらに、今後「しばちゃんスーパー」が現実になった時にお野菜提供として・・
平川さんや野田さんのお父さん・・沢山の農家の方や、
製造メーカーさんがお声をかけてくれています。
私の夢の企画JBC企画も・・しばちゃんスーパーにつながると思っています。
住まいがはっきりしないと、しばちゃんたちは心が落ち着かないのも現実。
できれば、現地の方に収入が入るような仕組みをご提案して行ければと思っております。
国と戦ってきた水俣病の現実・・長い月日と戦ってきた熊本。
時間はどんどん経っていく中で生活の基本を作ることの大切さ。
国と戦ってきた方からのアドバイスをいただきながら今すべきことを
間違えることのないようにと心掛けて行きたいと思います。
みなさん・・これからもよろしくお願いします。
貴照