『輝日宮』に続き、『若菜』に関して書かせていただきます。
全三幕の脚本と第二幕『若菜』の演出を担当させていただきました、千野です。
まずはご来場下さった皆様、本当にありがとうございました。
この『若菜』は三幕の中で唯一、二度上演した作品でした。
そのどちらでも、最高の公演を打つことができたと思っております。
それもこれも、団員の皆と協力して下さった方々、何より、ご来場下さった皆様のおかげでございます。
実は、『若菜』はリハーサルで大失敗をした幕でした。
当日にご覧いただけない教授と、院生の皆様をお招きしたリハーサルでの大失敗。
もともとこの幕は早くから稽古し、完成度の高いものと信じていただけに、衝撃でした。
本番の3日前にして、私は自信を失いました。
しかしそれで皆の気持ちが引き締まったのでしょう、本番は実に良いものとなりました。
私自身は夕霧という役で出演しておりましたが、後半、柏木が死ぬあたりからでしょうか、客席からすすり泣きが聞こえてきたような気が致しました。
その時は「お風邪の方がいらっしゃるのかな?」と思ったほどでした。
しかし後からそうではないと知り、喜ぶ前に先ず驚いたものです。
何しろ私は脚本を書いて演出したのにもかかわらず、この幕が「泣ける芝居」だと露ほども思っていなかったのです。
お客さまの涙によって、私は初めてそのことを知りました。
そして、これで良いのだ、と思いました。
私はただ誠実に真摯に作品に向き合っただけ。
だからこそ、感動していただくことができたのだと。
おそらく、最初から泣かせるつもりで作っていたら、作品の質は落ちていたでしょう。
作品とは、そういうものなのだ、と教えられました。
さて、皆さまの目に、役者陣はどのように映りましたか?
『若菜』は全員の醜い思惑がストーリーを動かす芝居にしたくて、一人ひとりに本当に頑張ってもらいました。
光源氏役の吉田君は、努力の人です。誰よりも先に稽古場にきて、ひたすらストイックに稽古していました。最初は台詞を覚えることばかりに必死だった彼ですが、努力は実るものです。特に、最後の3日間で格段に上手になりました。光源氏という大きなプレッシャーのかかる役に臆することなく立ち向かってくれました。
女三宮役の新田さんは、私の戦友(と勝手に思っている)です。ともに『源氏物語』で卒論を書き、大学院に進学をする予定の彼女とは、何度も何時間も議論を繰り返したものです。役者としての彼女は非常にキュートで魅力的なのですが、女三宮ではあえてそれを封印して、魔物のような役作りをしてもらいました。「可愛くならないでほしい」という、普通だったら嫌がられるような要望を快く受け入れて役作りに反映してくれた彼女には本当に感謝しています。
柏木役の伊藤君とも随分と議論を致しました。私の大好きな柏木ですから、私の思い入れも一入でした。脚本の時点から、柏木はあえてかなり性格の悪い男に作ろうと決めていたのですが、そこは見事に演じきってくれました。後半の弱い部分には最後まで苦戦したようでしたが、見事でした。私も夕霧として、彼の死を泣きそうになりながら見守らせてもらいました。
私自身は夕霧を演じました。『輝日宮』の光源氏とほぼ同じ衣装なので、演じ分けとしてひたすらオーラと存在感を消すことに力を注ぎました。また、女の身で演じる強みを生かして、実際よりも幼い少年のような役作りを致しました。夕霧はストーリーの見守り役でしたので、演出をしながら演じるのにふさわしい役でした。
小侍従役の小山さんは、まさにハマり役。彼女に関しては最初から最後まで全幅の信頼を寄せておりました。他のキャラクターと違って一見脇役のようですが、実はものすごく魅力的な人物である、そのことがお客さまに伝わればいいな、と思っておりました。
朱雀院役の田代君は、急遽動員した新メンバーでした。本当に演劇初挑戦なの?! という器用さ。女三宮ともども「魔物父娘」になってくれました。彼に関しては、もう言うことはありません。
紫の上役の大澤さんは、ヒロイン役ばかりで大変だったと思います。特に紫の上ですから。しかし、ただけなげで美しいヒロインにはしたくありませんでした。光源氏に飼殺しにされたことによってどこか狂ってしまったふうにも見える、悲しい女にしてみました。こういう役は演じる側もつらいものですが、見事にやってくれました。
あと、役者としての私のことも少しだけ。
頑張りましたよ、私(笑)。
光源氏(『輝日宮』)と、夕霧(『若菜』)と、匂宮(『夢浮橋』)を演じさせていただきました。
女子校の演劇部出身なので、男役自体はむしろ得意でしたが……男性もいる中であえて女の私が男を演じる意味は? とずいぶん悩みましたが、実際に稽古してみると本番前にはもうどの役もすっかり自分にとって自然なものになってしまいました。光源氏すら(笑)
まあ、とにかく、日本舞踊を習っていてよかったと心底から思いました。
しかし実は、一番難しいなあと感じたのは匂宮でした。実はね。
脚本家として演出家として、STAFFさんにはかなりの無理難題を言いまくりました。
すべてをかなえてくれた皆に、本当に感謝しています。
『源氏物語』の舞台化はずっと夢でした。
それを最高の形でかなえることができました。
古典を学ぶ者としても、演劇に携わる者としても、私の大きな財産になりました。
そして、これは終わりではない。
私はここから、また何か始められる、そう思っています。
いつか別の形で、私はまた似たことをするかも知れません。
心の中に、ひそかに温め始めたことがあります。
またどこかでお目にかかりましょう。
その時「あ、これがあの続きだったんだな」と思ってください。
そしてそれまで、応援していただけたら幸いです。