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mamaの日記

ガンと、ストーマと。
mamaがmamaらしく暮らすために。

 

入院3日め。

 

午後1時半。病院から1時間以内にきてくださいと電話。

 

mamaと私で、車で駆けつける。

 

コロナ禍、面会禁止だけど、呼ばれたときは、エレベーターで6Fへ直行できるんだ..

 

2時。主治医と循環器の先生と面談。

 

心筋梗塞の疑いがあると。

 

午前11時の血液検査で〇〇?(アルファベット2文字)が2000。

 

これは、数時間かけて上がったと思われる。

 

「今日、明日中に亡くなると思ってください。できるだけ長い時間、会ってあげてください」

 

それでも、コロナ禍、面会は2人まで、一人ずつ。

 

mamaが10分ほど面会したとき

 

「水、水」とpapaが言っていた。私と交代した。

 

西日が入る、明るすぎる個室で、papaが寝ていた。

 

看護師が手の拘束をそっとはずした。

 

「酸素マスクをはずさないように見ていてもらえますか」と、出ていった。

 

 

詳しい検査の結果がでて、循環器の先生と再び、面談室へ。

 

「心筋梗塞の場合、○○〇?(アルファベット3文字)が高いはずだが、20分の1だった。

 

心筋梗塞ではないです。今日、明日ということはありません」

 

「え!(..よかった)」

 

以下、循環器の先生の話。

 

これまでの?血液サラサラにする薬により

 

心房細動はある。不整脈がある。低血圧。

 

脈拍150で苦しいので、ゆっくりになるようにする。

 

モルヒネでラクにするので、意識がうすくなる。

 

2枚のレントゲン。白い影。少し、ましに?

 

今後はよくなっても、自宅はむずかしい。施設、病院など。

 

本人は、食事したいみたいですね。「お腹空いた」と。

 

循環器の先生は、好きなものを食べさせてあげていいという考え。

 

それは、主治医に相談していいこと。

 

「点滴の時間で途中になったから」

 

看護師が呼びにきて、もう1度、面会させてくれた。

 

mama。そして、私。看護師が戻らないので、20分くらいいたかな。

 

拘束されていた手を自由に動かしながら、マッサージ。papa、眠りかけていた。

 

足の裏もマッサージしていたら、看護師が「そろそろいいですか」と戻ってきた。

 

主治医の話はもう終わりましたとのこと。

 

 

 

 

 

3時。外来でリウマチ科のT先生の話。

 

mama、junちゃん、私で聞く。

 

PCR検査の結果がでて、コロナではない。 ホッ..

 

「意識はあるんですか?」junちゃんが聞くと

 

ありますよ。会話できます。

 

 

小康状態。

 

肺炎、心不全、胸に水がたまってる。

 

重症貧血。

 

タクロリムス(リウマチの薬)を飲み続けて

 

腎臓にわるいので、変えるべきでしたね、と。

 

リウマチの薬は止めた。今後、考えること。

 

「M内科のM先生は、リウマチ専門じゃない。内科だ。

 

診察で関節も触らないでしょう。開業医では無理、リウマチは大きな病院で受診すべき」

 

M先生のN病院時代を知っているのか、悪口のような話をされた。

 

あとで確認したら、M先生はちゃんと、リウマチ専門医だった。

 

 

治療。

 

治療でよくなるのは、五分五分。

 

心房細動の薬。

 

抗生剤の点滴。

 

酸素投与。

 

輸血。心臓に負担(びっくりしてしまう)必要が出たら、輸血(承諾のサインをした)

 

 

「来週(平日)面会していいですよ。コロナ禍、面会禁止だけど

 

主治医がOKした旨、言ってもらえれば大丈夫。一人ずつね」と。

 

要予約なので、病棟に電話すると、14(木)に1枠残っているだけ。

 

早く 11(月)に面会できないかとお願いすると、折り返しの電話で

 

「T先生に確認しましたが、木曜でとのことでした」と。 なんだ..

 

病棟は、1時間に1グループ(代表一人)の面会のみしているそう。

 

それも 15分間だけ。

 

面会した帰りに、次の面会の予約ができるから、1週間に1回くらいの面会なのか..

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜 7時40分。

 

papaが悪化している。

 

身体をおこしているだけで、苦しく息をする。

 

荒い息が続くため、横隔膜も痛む。痛むので、また呼吸が苦しくなる。

 

お酒も食事も摂れずに、寝た。救急車を呼ぼうと言っても、明日でいいと言い張る。

 

「今晩、救急を呼ぶことになるかもしれない」と、junちゃん。

 

「迷わず、救急車を呼んでください」と答える。

 

2時間後。

 

junちゃんが救急車を呼ぶ。

 

救急隊員が6人きて、J医大に連絡して断られ、2つめの H病院に搬送が決まる。

 

酸素濃度の低さに 「よく我慢していたな..」と、救急隊員が驚いていたのを

 

同乗したjunちゃんが聞いた。

 

私は、タクシーに実家に寄ってもらい、mamaを乗せて

 

夜10:20分着だった。

 

救急外来のY先生が、junちゃんと話していて、私たちも加わる。

 

「状態はわるく、今夜にも生存の確立は半分」

 

「病歴をご本人が書かれているので」

 

papaが以前にパソコンで打った紙を、救急隊員から渡されていた。

 

「心不全と、肺炎を起こしています」

 

「肺が真っ白で、これまで、咳や痰などの症状はありませんでしたか」と聞かれ

 

「咳と一緒に、2,3日前に黒い痰を吐きました」と、mama。

 

(それは、強く咳して、喉がきれての出血だったのかもしれないけど)

 

リウマチの薬を飲み続けたことが、免疫を抑制して、影響を及ぼしたかも、と、Y医師。

 

 

コロナの簡易検査は陰性だけど、PCR検査の結果はまだなので

 

個室に入院になる。その後も個室希望。

 

papaは、酸素マスクを自分の手でとってしまうそうで

 

「命に関わることなので」と、Y先生に説明され

 

手のバンド等に同意するサインをせざるを得なかった。

 

あとでわかったことだが、拘束が続くとは思わなかった.. 辛い。

 

入院したら面会禁止なので

 

「会っておいてください」と

 

救急外来のベッドに横になるpapaに3人で会った。

 

顔をのぞくと、酸素マスクで聞き取りにくいけど

 

「苦しい」

 

「トイレ、トイレ」と訴えた。

 

「管がついているから尿意をもよおす」と、看護師さん。

 

「トイレに行かなくても大丈夫なんだよ」と言うと

 

papaが、そうか?という顔をする。

 

 

0時。

 

6B病棟に上がり、看護師さんから入院の説明を受ける。

 

3人でタクシーで帰ったのが、深夜1時だった。