というわけでモンゴル人のご一行が大喜びしてしまったわけですよ
今からも20年以上も前のことですけど
内モンゴルから民族音楽の歌手と演奏者がやってきたわけです
モンゴル音楽って実に興味深いことに
日本の音楽とよく似ている面があります
日本の伝統音楽
特に民謡なんかでははっきりしているのですけど
拍節感(ビート感)がはっきりしている曲と
拍節感がはっきりしない曲があります
前者は代表的な歌の名から「八木節様式」と呼ばれ
後者は「追分様式」と呼ばれます
モンゴル音楽でも同様な分類があって
それぞれボギン・ドー、オルティン・ドーと呼ばれています
ボギンは「短い」でオルト(オルティン)は「長い」です
でもってドーは「歌」という意味ですけど
音そのものをドーと言う場合もあります
ということで
ボギン・ドーは「短い歌」
オルティン・ドー「長い歌」ということです
特に興味深いのはオルティン・ドーで
いくつかの音を長く引き伸ばして歌うので
この名がついたわけです
そうそう
モンゴル音楽の日本公演では
オルティン・ドーが「長唄」なんて紹介されることがありますけど
モンゴル音楽の紹介で「長唄」てな言葉が使われていたら
主催者の中に音楽を知っている人はいない
と判断してよいです
モンゴルのオルティン・ドーは「音を長く伸ばす」ことからの用語で
日本の「長唄」は江戸時代に発生した
まあ言ってみれば
「長い物語の歌 あるいはその伴奏音楽 さらにその伴奏音楽から成立した器楽曲」
です
オルティン・ドーとは音楽の「様式」についての用語で
「長唄」は音楽の「形式」についての用語です
「様式」「形式」じゃあ似たような言葉ですけど
「様式」とは「スタイル」
「形式」とは「フォルム」で
そもそも概念が違いますからね
さてさて
モンゴル音楽と日本音楽
特に日本の追分様式とモンゴルのオルティン・ドーには
にはまだ似ていることがあります
モンゴルのオルティン・ドーを歌う場合には
長く伸ばした音を「ゆさぶったり」します
これを「バガ・ノゴラ」と言います
直訳すれば「小さな節回し」です
つまり
旋律全体の流れの中で
さらに音を細かく動かすわけです
日本の場合には
こういう音の使い方を「こぶし」と言います
最近ではこの「こぶし」の意味が忘れかけられているようで
パンチ力のある歌い方を
「こぶしが効いている」なんて言ったりしますけど
違うのですよ
「こぶし」といっても「拳」じゃあない
「小節」
つまり「小さな節回し」ですから
モンゴル音楽の「バガ・ノゴラ」と全く同じ発想の用語です
まあモンゴル音楽で「バガ・ノゴラ」が
日本音楽で「こぶし」が発達したのは
偶然とは言えないなあ
とにかく「長く長~く」伸ばす音があるので
だだぼおっと長くしてもつまらないわけで
音を長く伸ばしながら
音をゆさぶったりなんかして味をつける
だから「バガ・ノゴラ」なり「こぶし」は
日本とモンゴルに限らず
拍節感のない
あるいは
拍節感の乏しい音楽でよく使われます
音楽用語では「バガ・ノゴラ」や「こぶし」が
メリスマと呼ばれることが多いのですけど
「バガ・ノゴラ」や「こぶし」は
本来のメリスマとは実は違います
メリスマとはギリシャ語に由来する言葉でしてね
欧州の歌は
少なくともある時期以降は
旋律で出現する一つひとつの音に一音節を割り当てて歌う場合が多くなりましたけど
一音節の歌詞を伸ばしながらいくつもの音を歌う場合があります
これがメリスマの本来の意味なので
拍節感のない旋律に出て来る長い音を
こまかく揺さぶる歌唱法とは別物です
さてさて
モンゴル音楽と日本音楽の似ている点としては
西洋音楽風に言えば音階
日本の民族音楽では「音組織」と呼ばれるものもあるのですけど
例によって文章がどんどん脱線しており
冒頭の
<内モンゴルから民族音楽の歌手と演奏者がやってきたわけです>
からは遠く離れてしまい
このままでは
いつまでたっても「そい~そいっ!」
にたどり着かないので
話を戻します
さてさて
モンゴル音楽と日本音楽には
拍節感のない音楽がたくさんある点で共通しており
「バガ・ノゴラ」と「こぶし」の多用も似ているというお話でした
でもって
冒頭でご紹介した内モンゴルからいらした音楽家の日本公演では
「日本民謡とモンゴル民謡を聴き比べていただこう」
というアイデアがでたのですね
ということでリハーサルの際に
日本民謡の歌手及び伴奏者のグループと
モンゴル人の音楽家ご一行が対面したわけですが
モンゴル人の音楽家の中には
日本民謡を聴いた経験のない人もいて
「どうしてこんなに似ているんだ」とびっくり仰天したわけです
ただ彼らはすぐに日本民謡にだけある
モンゴル音楽とは違う点を見つけた
いわゆる「ソイ掛け」です
追分節なんかを歌う時に
節回しの切れ目あたりで
「そい~そいっ!」と掛け声をかける
あれです
モンゴル人の皆さんは面白がってしまいましてねえ
さすがに本番のステージではやりませんけど
リハーサルの時にモンゴルの「オルティン・ドー」を歌っていると
順番待ちなんかをしていた他の演奏者が
「そい~そいっ!」と掛け声をかける
場合によっては2人とか3人で
その間合いがですね
実にバッチシなのですよ
さすがに音楽家だなあ
と思ったのですけど
もしかしたら彼らには
ソイ掛けのタイミングの感覚があったのかもしれません
オルティン・ドーは長い音を使いますけど
ただ音を長くするんじゃなくて
音を次にどう動かすかのタイミングが
音符できっちり指定されているわけじゃないですから
歌っている人とか演奏している人はかえって逆に
「音と時間」についての時間感覚が研ぎ澄まされたような状態になります
日本人が「ソイ掛け」をやるタイミングに接して
「なるほどこのタイミングで声を出せば決まるのだな」
ということを
すぐに感じ取ったのかもしれません