中国の笛の演奏、上手いよなあ~! ただ、超絶技巧にはワケもあるワケで | 如月隼人のブログ

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中国で発行されたCDの「中国音楽大全 笛子巻7」を聴いていたりするのであります。上手いよなあ。今、鳴らしているのは、おおむね1970年代ぐらいの演奏。文革なんかで文芸活動に大きな圧力がかかった時代なんだけど、それでもとっても上手い。

 

中国笛子の代表的演奏者の陸春齢氏(1921-2018年)。曲笛の巨匠だったが、

それ以外のさまざまな笛の演奏にも長けており、「笛王」などと呼ばれた

 

■ 中国の笛の流派は南北に大別できる

 

中国の伝統的な笛は「笛子(ディーヅ)」というのですけど、演奏にはおおむね南北の二大流派があります。南派は、昆劇という芸術性が高いと評価されいている伝統劇の伴奏が源流です。「曲笛(チューディー)」と呼ばれる比較的大きい笛を用います。

 

曲笛の名手だった俞遜発氏(1946-2006年)。質感と透明さを両立させた

美しい音色などで、南派の笛の演奏で独自の境地を切り開いた

 

一方の北派は、大道芸やそこから発生した二人台と呼ばれる音楽劇など、どちらかと言えば大衆娯楽性が高い音楽から出発しました。比較的小さな「梆笛(バンディー)」と呼ばれる笛を使います。

 

音楽としては、南派の笛は耽美的、あるいは抒情性が強い。北派は強烈な表現と多彩なテクニックが特徴です。

 

 

梆笛の名手だった馮子存氏(1904-1984年)。民間に伝わる曲を採取、

整理するなどで、北派の曲のレパートリーの拡充にも大きな功績があった

 

■ 中国の笛は技巧の種類が豊富

 

いわゆるフルートと考えてよいのですけど、ヨーロッパの笛の演奏にはタンギングというテクニックがあります。音を出す際に、「トゥッ」てな具合に舌を使う。つまり、音の立ち上がりを鋭くする。日本の笛は、この技法を使いませんでした。

 

フルートの演奏で、タンギングは必須テクニックの一つ。

写真は教則本に掲載されたタンギングを解説する図

 

一方、日本の笛は、指孔の押さえ方を微妙に扱って音を変化させることをしました。よく、笛の音色を「ピーヒャラ、ピーヒャラ」なんて表現しますよね。「ピー」は分かるけど、「ヒャラ」ってなんだ? これは一つの音を終える際に、指を指孔から素早く離したり、逆にぶつけたりするんですよね。その時に出る音を擬した表現です。

 

ヨーロッパの笛はもともと、指孔が小さくて、指による効果を出すことが難しい。現代のフルートは、いろいろな音高を出すために、「キー」などと呼ばれる機械仕掛けを採用していて、指で指孔を直接に押さえるんじゃないから、よけいに不可能だ。

 

で、中国の笛はどうかというと、タンギングも使うし、指の技巧も使う。だから表現の範囲はとても広い。ただ、ヨーロッパのフルートみたいなキーがない関係で、1本の笛でさまざまな調性の曲を吹くのはちょいと難しい。調性というのは、例えばハ長調とかト長調とか、どの高さの音を中心に音階を構成するか、ということを示す用語です。

 

曲の途中で調性を変更することを転調と言います。ヨーロッパの、いわゆるクラシック音楽では、どんな具合に転調を進めていくか、なんていうことが作曲技術としてとても重視されるようになっていき、転調が連続する曲も珍しくなりました。

 

曲は調性によって使う音が違ってきます。ヨーロッパのフルートが「キー」を採用したのは、どんな調性のメロディに使う音でも出せて、言ってみれば1本のフルートで、どの調性のメロディーもオールマイティーに吹けるようにする工夫。中国の笛は、音の高さによっては出しにくい、あるいは出すのがほとんど絶望的な音が出てきます。つまり、複雑な転調がある曲には向いていない。ということで、中国の笛でも転調がたくさん出て来る現代曲の場合には、演奏者が数本の笛を用意して、取り換えながら演奏していく、てなこともあります。

 

■ 管楽器奏者は息継ぎで深く悩む

 

管楽器については、もう一つ、面白い技巧があります。管楽器というものはたいていの場合、吸い込んだ息を吐いて、音を出すわけです。息を無限に吐き続けることはできないから、どこかで息継ぎをしなきゃならない。わずかな時間ではありますけど、音はそこで途切れます。でもなあ、曲の雰囲気によっては、「できたら、もっとずっと長く音を出しつづけたい」ということも出て来る。

 

歌だって息継ぎは必要ですけど、歌の場合には歌詞というものがあるから、歌詞の文としての区切れで息継ぎをすれば、そう不自然ではない。曲だって、たいていはそのあたりを計算して書かれています。

 

弓を使う弦楽器(擦弦楽器)も、弓をどこかでかえさなきゃならない。擦弦楽器の演奏にとって、弓の使い方や弓のコントロールは決定的に大切なんですけど、弓を返す際の一瞬の「沈黙」はたいていの場合、管楽器ほどには目立ちません。弓の場合には、即座に反対方向に動かせばよいのですけど、管楽器では「息を吐く」→「息を吸う」→「息を吐く」というように、「息を吸う」ための時間が必要ですからね。

 

■ 解決法はあった…口で息を吐くと同時に鼻から吸う

 

そういった管楽器奏者の「お悩み」を解決するために生まれた技巧が「循環呼吸」です。要するに、鼻から息を吸うと同時に、口から息を出す。「そんなこと、できるわけないじゃん」と鼻で笑った、あなた。まあ、お聞きなさい。

 

人間の口の内側、つまり口腔(本当なら「こうくう」と読まねばならないのですが、なぜか「こうこう」と読まれる場合がある。医学関係者が、間違えて読み方を広めちまった、という説があります)……

 

いかん。私の悪い癖だ。話がそれた。で、その口腔の中に空気を多めに溜めて、その空気を舌の奥と下あごで押し出して吹きだすことで音を鳴らし続ける。その一方で、腹式呼吸で鼻から空気を一気に吸い込む、といった寸法です。

 

この循環呼吸は、楽器によってやりやすかったり、やりにくかったりするのですけど、フルートでは、かなり上級のテクニックということになっています。それから、しばらく前ですけどプロのフルート奏者から「一時期は、取り組む人がかなり多かったけど、フルートの場合には、音が不自然になってしまいがちなので、やる人は減ってきたみたいだ」とも聞きました。

 

ストローに息を吹き込み続けて安定して気泡を出しつつ、

ときおり鼻から息を一気に吸う。循環呼吸の代表的な練習法だ

 

 

さて、この循環呼吸ですけど、中国の笛子、とくに北派の場合には、「中の上」あるいは、上級者ならば当然のテクニックとされています。さては、中国人はベロ使いの超達人なのか……。なわけはありません。

 

■ 中国の笛は息の量が少なくてすむ

 

横笛は一般的に、歌口(吹き口)が大きくなると、大きめの音が出しやすくなるとされています。その一方で、使う息は多くなります。ヨーロッパの笛は、世界のいろいろな横笛と比べても、歌口が大きく作られています。一方で、中国の笛子は、歌口が小さな部類に属します。

 

つまり、使う息は少なくて済む。ということで、循環呼吸の際に口腔にため込んだ息の「消費量」がフルートよりも小さいので、比べてみれば楽なわけです。

 

ということは、中国の笛子は音が小さいのか。いえ、それがそうじゃないんです。フルートに匹敵するか、いやいや、フルートよりも大きな音が出る。なぜか。

 

■ 歌口が小さくても大音量を出す知恵

 

それは、「笛膜(ディーモー)」という小道具のおかげなんです。笛子の場合には、歌口と歌口から一番近い指孔の中間に、指孔と同様の孔がもうひとつあります。ここに、薄い膜を貼るのです。演奏の際にこの「笛膜」が振動することで、とても大きな音を出せます。

 

膜の材料には、葦の茎の内側の薄皮なんかを使います。この「笛膜」は、一方向にそろったしわをつけて貼るのがコツです。あまりきつく貼ってしまうと上手く振動しないし、貼り付ける際に破れてしまうこともあります。ダブダブに貼っても上手く振動してくれない。というか、笛の音が出なくなります。そのあたりが、ブッキーにはちょいと難しい。

 

「笛膜」を貼り付けた様子。一方向にそろった

均一のしわをつけるのがコツ

 

この「笛膜」の材質や貼り方で、音色は大きく変わります。特に南派で使う曲笛の場合には、深みがあるとても魅力的な音を出せるようになります。

 

「笛膜」の起源については、よく分かっていないようです。外国人からすれば、とても珍しくて、しかも循環呼吸を行う際の「技巧の敷居」を大幅に引き下げ、音量も確保し、しかも音色を魅力的にしたという、大変な知恵なんですけど、中国人にとっては当たり前すぎて、「いつごろに登場したのか」といった疑問を持ちにくく、積極的に研究されていないようです。

 

中国音楽史の大家の先生に質問したこともあるのですが「いつごろの発明かは分からないなあ。ただ、明代に大いに普及したのは間違いないと思う。明代は昆劇が大いに広まった時期だ。笛子は昆劇ではメロディーを奏でる最も重要な楽器で、大きな音色が求められた。それまで『笛膜』を知らなかった演奏者がいたとしても、いったん知れば飛びついたはずだ」とのご説明でした。

 

■ 日本では入手不能、でも代用品はある

 

「笛膜」はとっても薄いんですけど、案外、長持ちします。うっかり触って破いたりしなければ、毎日練習しても、2、3カ月は使えるんじゃないかな。使い続けると、音色が少しずつ劣化していくんですけど、それを気にしなければ、もっと使えるかもしれない。

 

でも、日本では売っている場所が少ないんですね。以前は、横浜にある中国物産店の片隅の、お土産用の楽器のコーナーに置いていましたが、いまはどうなんだろう。中国人の音楽家に渡りをつければ、中国から来た際に譲ってもらえます。日本では入手困難といっても、本国ではとても安価なお品です。私は以前に、この笛子を練習したのですが、お世話になっている先生に譲っていただいて「代金をお支払いします。おいくらですか?」とたずねても「安いもんですよ」と笑われて、受け取っていただけた試しがありません。

 

手持ちの「笛膜」が少なくなり、次に入手できる目途が立たないと、不安になっていろいろな物を試したくなります。

 

私はまず、たらこの皮を試してみました。ダメでした。最初はよいのですが、乾燥するとすぐに、破れてしまう。では、レジ袋では? これもダメでした。厚すぎて振動してくれません。

 

そこで一計を案じて、レジ袋を指で引っ張って、破れる直前まで伸ばしてみた。これは上手く行きました。本物の「笛膜」に、結構近い音がする。耐久性も上々。

 

■ 余談ながら……日本のセブン-イレブンは最強だった

 

この間、あるところで中国楽器の演奏活動をしている人と知り合いました。音大で洋楽器を専攻して、今は中国楽器の演奏をしている人です。彼女も「笛膜」問題では苦労したことがあり、身近にある素材としては、レジ袋を引き延ばしたものが最適との結論となったそうです。

 

ただ、彼女の追求心は私よりもはるかに上を行っていた。さまざまなスーパーやコンビニのレジ袋を比較実験した結果、「もっとも適しているのはセブン-イレブンのレジ袋」との結論を得たそうです。

 

ちなみに、アメリカに演奏旅行に行った際にも「笛膜」を切らしてしまいそうになり、「笛膜」を入手するために、わざわざ現地のセブン-イレブンで買い物をしたのですが、日本とは材質が違うらしく、まともな「笛膜」にすることができず、難儀したとのことでした。

 

彼女には、「レジ袋は、やはり日本のセブン-イレブンに限る」という、まことに貴重な実用情報を教えていただいたのでした。