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会話のない空気の中でも気まずい思いをしなくてすむ関係。
そっと隣に寄り添ってくれる彼女の存在が、なんだかいつもより大きく感じられる…
キッチンから自分用にスープを取って戻ってきた奈緒がスプーンを唇にあててポンポンと叩いている。
思い出すことがあるときの彼女の癖である。
アリアが彼女の顔を眺めていると「あぁそうだ!」と言って奈緒が身を乗り出して言った。
「そうそう、電話があったんだよ。 日本から。 えーっと、確か有明さんって女の人からだった。
折り返し電話させますって言ったんだけど、また掛けますって言ってたよ。」
「え?瑞希から?」
驚きで危うくスープをテーブルに置き損ねた。
「瑞希って名前なんだ、彼女こっちに来るみたいな事言ってたけど何も聞いてない?」
「…特に何も。 彼女ね、私の幼馴染なの。 小学校から高校2年で私がこっちに編入するまでいつも一緒だったんだ。 そうか…こっち来られるんだ、何年ぶりだろう、嬉しい。」
声のトーンは嬉しそうなのに、アリアの表情はどこかパッとしなかった。
そんな彼女の表情を見て、奈緒もどことなく腑に落ちないといった顔でアリアを見る。
「まあさ、あと二時間もしたら日本は朝だし、これから一緒に映画でも見て寝る前に電話掛けなおしてみたら? それにもし彼女がこっちに来る時に部屋が必要だったら、あっちの空いてる部屋をそのまま貸してもいいからね。 私は気にしないし、むしろアリアの友達が来てくれたら私は嬉しいよ。
賑やかなほうが楽しいしね。」
言いながら今は二人の荷物置き場になっている空き部屋を見つめる。
「おかわりは?」
その質問にアリアが首を横に振ると、二人分の食器をキッチンに運びながら「そうなるなら少し改装とかしたいよね、壁何色にしようかな~」と嬉しそうにしている。
奈緒は多趣味だけあって、インテリアにもそれなりのこだわりがあるらしい。
そんな奈緒の後姿を見ながらアリアは少し元気を取り戻していた。
(考えてもしょうがないのかな…)
それでも「忘れてくれ…」と言った三月の顔が頭に浮かんでは消える。
アリアは気付いていた。
歩道をさまよっていた時からずっと、忘れたいと思う自分の気持ちを否定している真逆の自分が居る事を。
あの時、本当は知りたかった。
二人の過去に何があったのかを訊きたかった。
でも知ってしまったら後戻りが出来なくなる気がして、二度と昂揚にも会えなくなる気がして、その場から逃げることしか考えられなかった。
心のバランスが保てそうになかった。
考えても考えても答えなんて出ない。
旧式の建物の象徴である高い天井を眺めながらそこに描かれた天使の絵に身震いを覚えた。
恐怖心のなかに入り混じった場違いな好奇心。
素早く自分の身体を毛布できゅっと包み込むと、うなだれるようにそのままソファに身を沈めた。
一方で奈緒はアリアの様子がおかしい事に疑問を感じ、そして彼女の言葉の意味を図り損ねていた。
アリアの言った「もう何年も会っていない」という言葉が気になった。
仲良しで幼馴染なら、今まで日本へは何度も帰国していたのに会わなかった理由は何なのだろう。
たった今芽生えたばかりの不安を打ち消すかのように、奈緒は頭を一振りするとDVDのある棚へと向かう。
二人のお気に入りの映画、「タイヨウの色」を手にとってリビングへと戻る。
アリアも奈緒もこの映画が大好きだ。
普段は恋愛物なんて興味がないと言っている奈緒でさえ、わざわざ母親に頼んで送ってもらったDVDである。最初は友人から借りた本だった。
初恋のトラウマから恋に踏み出せずにいた一人の少女が音楽の世界に身を置く年上の男性と出会い、救い救われながら互いに惹かれていく作品である。恋愛模様だけでなく一人の人間として周りの友人や先生を通して成長して行く主人公にいつのまにか感情移入している自分が居た。
DVDが届いた日に早速アリアを誘って一緒に観た。
以来アリアもこの著者の大ファンになっていて、今は他の作品が何冊も彼女の本棚に並んでいる。
DVDを手にして戻った奈緒の手元を見ることなくアリアが言った。
「タイヨウの色」
奈緒が「あ、ばれた?」とはにかみながらDVDをセットすると再生ボタンを押す。
毛布の中から顔を出すと、「私たちが一緒に観るって言ったらこれしかないもんね。」と笑顔で答えた。
オープニングが始まると同時に流れる柔らかいメロディ。
ふと以前から思っていた事を奈緒が口にする…
「三月君いっつもこの曲聴いてるよね。 でもこれ昨年「タイヨウの色」が映画化されたときに発売された曲なのに、彼ずっとまえから持ってた気がする…どこから持ってたんだろ?」
「本当は古い曲なのかもよ。 私もよく知らないんだ…でもいい曲だよね、ちょっぴり切ないけど。なんていうのかな、歌詞に心がこもってて心にスッてはいってくるの。 さすがYUKIの曲。」
会話の中に三月の名前が出てきてまた胸が苦しくなった。
声が、ほんの少しだけ掠れた…
「そうだね、なんだか暖かい…」
奈緒はそう言って頷くと、膝を抱えて涙ぐむアリアを後からそっと抱きしめた。
DVDが始まって暫くすると画面を見つめたままアリアが呟く。
「奈緒、ありがと。」
彼女も画面を見つめたまま答えた。
「ん。」
二人の視線の先では建物の屋上から見える真っ赤な太陽の光が、屋根や窓に反射してキラキラ光ながら幾つものビルの間にしっとりと沈んでいった…
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