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しとしとと降り続ける柔らかい雨の中を三月は徒歩で家路を辿る。
アリアのタクシーに乗り込む後姿を見送ると、一人行く当てもなく時間をもてあまし人混みを彷徨った。
気が付けばもう日付が変わる時刻になろうとしている。
彼の胸の奥で、たくさんの想いが渦巻いていた。
(少し、急ぎすぎたな… なに焦ってんだか。)
話の途中で見せたアリアの表情が、脳裏から離れない。
思わず「忘れてくれ」と口走ってしまった自分も情けない。そして何より不安な気持ちは収まらないままだ。
次に会ったら、何をどうやって説明したらいいのかも、彼自身わからなくなっていた…
自分の考えの甘さを痛感する。
あまり重すぎる話にもしたくなくて、ああやって話を切り出したというのに…
冷静沈着と言われている自分が、心を許した相手にはこうも腑抜けなのかと改めて思い知らされる。
U-bahnという名の地下鉄を利用すれば3駅間をものの5分となく帰れる道のりも、徒歩なら優に30分はかかってしまう。 ずぶぬれのまま電車に乗るのも気が引けたし、何より誰にも会いたくなかった。
普段利用している駅を降りると、駅前のロータリーから学生寮までの道のりに、遠回りではあるが景色が綺麗で気に入ってよく通る道がある。
そこは囲うような形で建っている住宅街の中庭へ繋がっている、付近の住人しか通らないわき道。
その緑が茂る小道へ足を踏み入れたところで三月は立ち止った。
「っ…。」
突然胸の辺りが詰まるような感覚が彼を襲った。
だんだんと増してゆくその苦しさから開放されるために、普段から持ち歩いている薬をポケットの中から取り出すと急いで口へと放り込んだ。苦味が舌の上に広がると同時に体の力が抜けた。
その場に座り込み、無意識に空を見上げる。
「見えるわけないのになぁ。」
瞼を閉じると、そこにはかつて見上げた満天の星空が輝いている。
その光景を脳内でリフレインさせたまま暫くじっとうずくまっていると、薬の効きがよかったようだ、普段よりも早く呼吸が落ち着いた。
同時に胸が潰れそうな感覚も収まりつつあった。
ゆっくりと瞳を開ける。
人通りの途絶えた小道の真ん中で見開いた視界に映ったのは、どこまでも広がる黒みがかった灰色の空と、槍のようにすら見える幾つもの雨粒だけ。
降り注ぐ雨に打たれる三月の頬にはまた別の雫が流れていた。
涙という心の雫。
肩を小刻みに震わせながら、右手でこめかみを包むようにして顔を覆う。
先週まで見事に花を咲かせていた木蓮の木は緑の葉に覆われ、木の根元では色とりどりの紫陽花がふくらみ始めた蕾と共に雨に打たれている。
時間の進む速さを、季節の移り変わりを肌で感じた。
家々から漏れる光を頼りに辺りを見渡したが、咲いているはずのチューリップの姿さえも、もうどこにも見えなかった。
(あと何度、俺はこの景色に出会えるのだろう…四季の移り変わりを感じられるのだろう)
「後悔先に立たず…か。」
一言、自分へと呟いた。
誰に見せるわけでもなく苦笑いを浮かべると、今度は声を上げて泣いた。
誰に見られていようと構わなかった。
木々や花たちだけが、寄り添うかのようにそっと、三月の隣で静かに雨に打たれていた。
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