【野村主義】(野村克也)
好きです。
この人(なんだいきなり)
もともと小さい頃から励んだスポーツは
サッカーでして
でもある頃から野球にも興味を持っています。
きっかけは この野村監督
ID野球とか
野村ノートとか
再生工場とか
私の考えるマネジメントポリシーに近い人
尊敬できます
与えられたリソースで
最大限のパフォーマンスを出す
響いた言葉をいくつか・・・
「組織はリーダーの力量以上に伸びない」
よく感じます。
「人間は3人の友を持てという。
原理原則を教えてくれる人
師と仰ぐ人
直言してくれる人 」
なるほど。確かにと思います。
マネジメントをしていて
管理職の人に慣れてもらうのが難しいこと。
私自身も驕らないように気をつけていること。
それが一番最後の
”直言してくれる人”
この存在を身近に置けるかどうか
人は安きに走ると
YES man を集めてしまう
自分と対局の意見を進言する人
苦言を呈する人
棚引かない人
こういう人を近くに置けることが
リーダーに必要な資質
生きていくことにおいても
そう思います。

哲学者:フィロソフォス(Philo-sophos)
プラトンは
自分は分かっているように思っているけれど
本当は何もよく分かっていないのだということを
自分でよく知っている人
これをフィロソフォス(Philo-sophos)哲学者と呼んだそうです。(なんだいきなり)

つまり
我々は、案外本当のことを知らない
この「無知の知」というやつを自覚するのが
大変な知なのであって
自分が無知であることを知ると
当然その知らないことを知りたいと思う
本当のことを知りたいという要求が次々に出て
分からないものを見出したり
探り出していくという
その努力そのものが哲学だということらしいです
・
・
・
・
・
あれ?
ということは・・・
私は「哲学者」ということになります
無知の知・・
ありますから
無能で無知であることをよく知っています
なんだ
哲学者になるって案外難しいことではないんだな
マルクスとか
ニーチェとか
フロイトとか...
なれるかな..
なれるとよいな...

自分は分かっているように思っているけれど
本当は何もよく分かっていないのだということを
自分でよく知っている人
これをフィロソフォス(Philo-sophos)哲学者と呼んだそうです。(なんだいきなり)

つまり
我々は、案外本当のことを知らない
この「無知の知」というやつを自覚するのが
大変な知なのであって
自分が無知であることを知ると
当然その知らないことを知りたいと思う
本当のことを知りたいという要求が次々に出て
分からないものを見出したり
探り出していくという
その努力そのものが哲学だということらしいです
・
・
・
・
・
あれ?
ということは・・・
私は「哲学者」ということになります
無知の知・・
ありますから
無能で無知であることをよく知っています
なんだ
哲学者になるって案外難しいことではないんだな
マルクスとか
ニーチェとか
フロイトとか...
なれるかな..
なれるとよいな...

【命】(柳美里)

あなたの周りに7人の使徒がいるだろうか
3人の友達を用意できるだろうか
前に読んだことがあって
【魂】(第二部)に入ったところでそのままなのですが...
相変わらず深いです
私の中で 「柳美里」と「村上龍」は心にゆとりがない時に
読んではいけない部類に入る作家でして
痛いほど人間の大切な部分を直視することになる
デリケートな部分。見て見ないふりをしている部分。
でもとても大切で 誰もが共存している部分。
それが辛くなるほどリアルに描かれている
この作品も。
しかしですね
そんな世界観の中だからこそ
引き込まれるキーワードがある
大切な思想と感じ方がある
**(抜粋)**********************************************
あなたの赤ちゃんに何をしてあげられるだろうかと考えてきました。
ぼくには恐ろしいほど時間がないのですが、出来れば、ですよ、
死ぬまでに3人の名前をプレゼントしたいと思っています。
赤ちゃんの御守の中に3人の名前と生年月日と住所と電話番号を書いた紙を入れます。
その3人は、赤ちゃんのみに何か困ったことが起きたときに連絡すると、
必ず役に立ってくれる人です。ぼくに代わって助けてくれます。
あなたは4人見つけて下さい。
そうすれば、あなたの赤ちゃんは7人の使徒に守られる事になります。
もしぼくがその3人を見つけられなかったら……54年間生きて、
3人の名前をプレゼント出来なかったら……でも、きっとプレゼントします!(p120)
********************************************************
相変わらずパートナーも見つけられていなくて
長いこと
お恥ずかしい限りです
理由はいっぱいあるのですがね
結局難しく考えすぎなんだろうとは思います
ただですね
妥協したくないこと
仕事は少しは妥協する部分も必要かなと
労働力をbetして賃金をpayしてもらう
利害関係が明確なものですし
でもパートナーを見つけるってのは
妥協したくなくて
人生80年として
いわゆる仕事する時間ってのは25~55くらいの30年で
パートナーとはその後25年も一緒にいる訳です
これ...妥協してはいけないと思いますよ
そりゃ
・・・と ここまでが長い間掲げているポリシーなのです
でもですね?
上記の抜粋した思想...
素敵だなと
果たして私にこの3人が用意できるだろうか?
私個人であればいるかもしれない
でも これは第三者に向けられたもの
ようするに
"私の友達で支えになってあげて欲しい人がいる
私にとって大切な人
その人になにかあったら力になって欲しい
私が死んでしまっても"
こう"お願いできる友達"がいるかってことです
こう"お願いしたい大切な人"がいるかということ。
これはすごいこと
ビジネスに身を置いて
表舞台に立つことが多くなって
歳も重ねて
それなりの人間関係が構築されて
気付くとですね
利害関係が散在しているんですよ
もともとあまり人を信じない人です
でも更に最近は信じられないことが多い
心底人といるくうきに陶酔する
そんなことは減るわけです
人生のパートナーも大切かもしれないけれど
きっと この
"お願いできる友達"
"お願いしたい大切な人"
このキーワードに当てはまる人に
多く出会えたら
巡り会えたなら
人生は上々かなと
あ あと自分が両方の存在になれたらなと
誰かの
