あかんパークイン
ひとり旅をしていると
人に優しくされることが多いように感じる。
自分の経験からして、
話しかけられる回数だけでも
ひとりのときの方が圧倒的に多い。
ここ「あかんパークイン」でもそうだった。
摩周・屈斜路方面から阿寒湖畔に向かうと
真っ先に見えてくるのがこのホテル(?)で、
1階には「れんが亭」という喫茶店がくっついている。
節約のため『素泊まりで』と予約して夕方にチェックイン。
荷物だけ置いてそそくさと湖畔のまちへ出ようとしたとき
オーナー夫人と思しきおばさんに声をかけられた。
料理が自慢なのに素泊まりとは残念だ、と言う。
金が無くて・・・、と答えると
れんが亭の1席に座らせ、待ってなさいとどこかへ消えた。
数分後、カレーライスと食後のコーヒーを持って
これを食べなさい、とテーブルに置き
そして私のトイメン(対面)に座った。
遠慮しながらカレーを食べる私に
阿寒湖のことを教えてくれた。
周辺のいろんな写真も見せてくれた。
お礼の仕方も知らない若僧だった私は
いつかまた泊まりに来ることが恩返しになるかなと思い
「ごちそうさま」のあとに阿寒湖畔を散策した。
1年後、再び同じカレーをご馳走になるとは知らずに・・・。
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1995年
次の朝、チェックアウトをした後
コーヒー飲んでいくよね、と言われ遠慮なくいただいた。
そして、教えてもらった「オンネトー」というところに向かった。
摩周湖ユースホステル
ここは私が初めて泊まったYHとして思い出深い。
食事は併設のレストランで食べるという
YHとしては珍しいタイプだ。
ユースには薄汚れたライダーと名物のヘルパーがいて
ヒゲ面のペアレントがしゃしゃり出てくるのがよく似合う。
シーズン中のユースには長期連泊している猛者が必ずいて
彼を筆頭に年齢関係なしの上下関係ができあがる。
そして食後は共同スペースに何となく行かねばならず
交通手段を持っていない旅人はそこで明日の運転手を探す。
運転手は彼らに「明日はどっち方面に・・・」と聞かれ
「釧路っすね」と得意げに答えてあっさり餌食となる。
(雨上がりのコタン温泉)
旅の前、勝手にこんなイメージを膨らませていたが
摩周湖ユースは見事に裏切ってくれた。
(全部該当するユースも当然あるが)
ちょっと洒落たそのレストランには
その当時なりに着飾った女の子たちがたくさんいて
まだシャイだった私は、少々とまどった。
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1995年
硫黄山から摩周・屈斜路周辺をウロウロし
3日ぶりの宿「摩周湖YH」にありついた。
翌朝、私は一人旅のおじさんを助手席に乗せ
雨の中を釧路方面に走っていた。
網走番外地
網走には観光地の定番がある。
そう「網走監獄」だ。
高倉健の映画『網走番外地』ですっかり有名になった
網走刑務所をリアルに再現しているらしい。
ミーハーな匂いがプンプンしたので今まで敬遠していたが
歴史的・文化的な資料館として価値があるということなので
いつか行ってみたいと思う。
(天都山からの朝焼け:2002年)
その他に「オホーツク流氷館」や「北方民族博物館」などがある。
実は私にとって「北方民族博物館」の方が定番で
道東を旅したときには立ち寄るようにしている。
初めて北海道に渡ったときから
アイヌや北方民族になんとなく惹かれるものがあって
資料館や博物館をたくさん巡ったが
ここの展示物の多さは群を抜いている。
館内の静かで神秘的な雰囲気もいい。
こういうことに興味がある人には是非おすすめしたい。
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1995年
博物館を出た私は
泊まるあてもなく美幌から屈斜路湖方面に走った。
絶景という美幌峠を通る頃には真っ暗で
そのまま屈斜路湖畔へ降りた。
大きな駐車場を見つけ
そこをその夜の車中泊の場所に決めた。
ライダーの人
北海道を旅行する人たちの中で
いちばん市民権を得ているのは間違いなくライダーだ。
車、バイク、自転車、・・・
なかには徒歩というツワモノもいるが
北海道のダート道やまっすぐのびた道が
似合うのはやっぱりライダーだ。
ホクレンでは彼らに小さな旗が用意されているし
ライダースハウスという専用の宿まである。
とてもうらやましい。
(ライダー以外でも泊まれるが)
そしてライダー同士がすれ違うときには必ず挨拶を交わし
チャリンコたちを追い抜くときは「がんばれ」とばかりに
手を挙げる姿は兄貴分的でチョットかっこいい。
更に私見ではあるが
旅をするのにいちばん役に立つのが
「ツーリングマップル」だ。
四輪者(もの)の私も愛用している。
施設や書籍などライダー向けのものは多種あるが
まだ未経験の人、これから旅する人は試してみるといい。
なかなか部外者にはとっつきにくいとこだが
利用してみるとこれがけっこう役に立つのだ。
なぜなら北海道はライダーに優しいのだから。
北海道の背骨
宗谷岬から網走を目指すルートは
北海道の中であまりにも脚光を浴びていない。
オホーツク海沿岸を走るだけあって
「オホーツク国道」とそのまんまの通称だが
オロロンラインとは月と太陽だ。
目立った観光地もないわけで
「それでもゆっくり走ってみると…」
と言いたいところだが本当に何もない。
私の記憶の中にほとんど残っておらず
そこにある町村の名前も言えないのが本当に申し訳ない。
それだけにかなりの悲哀を感じる地域であるのが
人体の中の背骨的で、日本列島で言えば北陸的だ。
(北陸の方ごめんなさい)
北海道好きを自称する私としては
いつかこの地を探検し、何かを発見したいと思っている。
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ここまで書いたことは私の無知の産物だと思うので
皆様誤解のなきよう。
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1995年雨の朝
目を覚ますとそこは岬公園の駐車場ではなく
宗谷岬灯台の駐車場だった。
売店で「最北端到達証」を手に入れ網走へ向かった。
途中で記憶しているのは…
①雨が降っていたこと
②常呂町でホタテのタワーを見たこと

