薬師如来《十三仏の仏さま》 | 愚僧日記3

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知外坊真教

日本中に普及した仏さま


  薬師如来という仏さまを知っていてもお参りした事がないという方も多いと思います。西三河は浄土真宗や浄土宗のお寺が多いので、阿弥陀如来が多いです。東三河は禅宗のお寺が多いので、釈迦如来が多いです。ところが薬師如来は、実は日本全国津々浦々で出会える仏さまです。その理由は、薬師如来が疫病対策のために全国にまつられたからです。
 

 奈良時代に平城京に東大寺が作られて、全国に国分寺・国分尼寺が作られました。その寺の本尊に薬師如来がまつられるようになりました。現存する国分寺は、その後の改宗等で本尊が替わっているところもありますが、現在でも薬師如来を本尊としている国分寺は少なくありません。つまり仏教の普及と共に全国に広まっていった仏さまは薬師如来が多かったのです。
 

病にならないことを祈る
 

 薬師如来が説かれている経典に『薬師瑠璃光如来本願功徳経』という経典がありますが、ここには薬師如来の願いが説かれています。薬師如来は、菩薩の時にこの十二の願いをもって修行して果たして如来になったと説かれています。実はこの十二の願いの全てが病気が治りますようにと言う願いではありません。姿形が整っていますようにとか、飢えや渇きがないようにとか、なかには女性から男性に生まれ変われますようにとか、薬師如来という仏さまの割りに健康に関する願いばかりではないのです。実はそれが大昔の社会の実態だったと思われます。


 2019年にアフガニスタンで亡くなった医師の中村哲さんは、自分が医師として活動しても救える命は限られているから治水工事に注力しました。水路を作り田畑を潤す事で、食事が豊かになり、水が豊かになる事で衛生環境が格段に良くなりました。奈良時代も、病を治すよりも、病にならない努力が優先されたと言えるのでしょう。そういえば、奈良東大寺の大仏建立に貢献した行基菩薩も、川に橋を架けたり道を開いたり、土木工事に率先して取り組んでいました。また空海さんも、香川県満濃池の修築に活躍して、米作りに大いに貢献しました。こうした活動によって地域社会が豊かになり、食が豊かになり、衛生環境も改善したに違いありません。宗教は社会に多大な影響を与えていたのは確かです。
 

 そんな多くの努力をしても鎌倉時代の日本人の平均寿命は24歳だったと言われます。十七才以下の若年層の死亡率が高かったようです。ですから、病気に罹ったら本人の生きる力に任せるしかなかったのです。積極的に治す努力といっても限られていたのです。ですから病気が治るように神仏に祈るということは、今よりずっと真剣に行われていました。というか祈るしかなかったと言えるかもしれません。祈る一方で、現実的な治水事業に取り組んでいた古の高僧達は大いなる社会活動家だったと言えるでしょう。
 

転生安心


 そしてもうひとつ昔は狭い地域社会で婚姻関係を持つために、どうしても近親婚が多く、先天性の遺伝病も多かったのです。そのため今世はあきらめ、来世は五体満足で生まれますようにと願ったのです。
 高野山の入口に大門という巨大な山門があります。この山門を修理していたときに、大工が書いたと思われる落書きが見つかりました。そこには自分の子供が手足に障害を持っているので、生まれかわったら五体満足な体を授かりますようにという願いが書かれていました。


 昔の疾病観は、現世で治すばかりでなく、生まれかわって丈夫な体を授かるようにという祈り方もしていたのです。現代とは全く違うのです。今世ばかりではなく、来世に希望を託さざるを得ない厳しい社会だったのです。成仏ではない転生安心を仏教者は祈ったのです。


身近な薬師如来
 

 薬師如来像は釈迦如来像に似ています。簡単な見分け方として左手に薬壺を持っているか否かで見分けられます。ただし、法隆寺の薬師三尊像や藥師寺の薬師如来像は薬壺を持っていません。総じて奈良時代・平安時代初期迄の薬師如来像は薬壺を持っていない事が多いようです。
 

 薬師如来像というと、前述の法隆寺・藥師寺の薬師如来が有名ですが、他にも京都神護寺の薬師如来立像や東寺の薬師如来像も是非お参りしてみたいです。それから秘仏ですが、比叡山延暦寺の根本中堂の本尊も薬師如来なのです。やはり薬師如来は為政者が衆生を救おうと考えると真っ先に考える現世利益的な仏さんだったのです。
 

長仙寺の薬師堂
 

 長仙寺の位牌堂の本尊も薬師如来です。境内の向かいには多賀壽命殿があります。そこには阿弥陀如来と多賀壽命尊がいます。西の阿弥陀如来、東の薬師如来という配置になっているのです。長仙寺の薬師如来は薬壺を持っています。周囲には檀家さんの位牌がたくさんまつられていて、毎日日割りの過去帳を読み上げて、御先祖さんの御供養をしています。

 

 そして位牌堂は長仙寺の諸堂で最も明るい御堂です。薬師如来は薬師瑠璃光如来とも呼ばれています。明るくして、まつられている御先祖さんの孫曾孫さんが怖がらずにお参りできるようにという思いで建てられました。