思いは重い | ゆるりのブログ

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私個人の思うこと、感じることなどを徒然に綴っています。

私の言葉がキツく当たる方はご遠慮下さい。

人生とはままならないもの。

私たちはままならないこと、思い通りにならないことにストレスを感じる。

だから、何でも思い通りになることに憧れる。

何でも思い通りになることを望む。望んで期待する。

そして、怒り失望する。

そして、諦めることを覚えて行く。

人生とはその繰り返しであると感じている。

私たちは、この人生で自分の無力感と諦めばかりを覚えて行く。

それでもって、もし何でも自分の思い通りになったとして、私たちは果たして満足するのだろうか?

思い通りになるというのは、思い通りにならないストレスから解放されて、身も心も軽くなる状態。

今の思い通りにならない私にはそう思えるし、その状態にとても憧れる。

そうなりたいと切に思う。

けれど、思い通りになることもならないことも、どちらも真逆のことのようで、自分の「思い」というものに囚われている点では同じ。

その自分の「思い」とは、つまり自分の価値観のこと。

これまで教え込まれ、身に付けて来たあらゆるルールやこうあるべきものといったもの。

これまで自分が培って来た価値観に基づいた思い通り。

思いは重い。

それで、一時の満足感やストレスからの解放感は味わえるのかも知れない。

けれど、その思い通りは重い通り。

きっと、その自分の思い通りになったとしてもまだまだ重いのだ。

身も心も軽くならないのだ。

私が到達したい思い通りにはまだその先があった。

その為には、脳(思い)を洗う洗脳が必要だ。