最後に、校長先生が言った言葉。
これが全てのように思う。
当たり前が当たり前でなくなる恐さ。
なぜそれを恐れるのか。
虐める側も、虐められる側も、見てる側も声を上げられない。
どんなに苦痛でも、それが当たり前になってしまった状況ならば、それを甘んじて受け入れる。
だって、それが当たり前だから。
声を上げる。歯向かう。
いつもの自分と違う行動は、変化を起こす。
それはどんな変化を起こすかわからない。
恐い。
だから、自分からは変化は起こさない。
それはつまり、自分自身の人生に責任を持たないということ。
責任を放棄してるということ。
虐める側も、虐められる側も、見てる側も、全てに共通するのは「恐れ」。
変化を起こすことへの恐れ。
その変化への責任を取りたくない。
良くも悪くも、「変わる」ということは、いつもと違う状況に対応しなければならなくなるということ。
慣れないことは辛い。きつい。しんどい。面倒臭い。疲れる。
辛いのは、面倒臭いのは嫌だから…。
人生への責任逃れ。
変化を好まず、自分の人生に責任を持っていないから、上手くいかないことは、全て他人の所為になる。