みなさま、ごきげんよう
今日も雨ですが心にを灯しましょうね。
さて今日も昨日話の続きです。
ちょうど、Kさんからメール届きましたので
是非皆さんにも一緒に感じてもらいたいのです。
(前略)
山形の姉の所、仙台の妹の所、石巻の実家と弟夫婦の所と回って来ました。
皆元気そうにはしていましたが、やはり、それぞれに事情があり、震災後の疲れが出ていたように感じました。
特に母は急に老け込んだ感じがして、焦りました。
姉にはとにかく話を聞いてあげて、
母と妹には強気の話(斎藤一人さんの)と、
啓子先生の話と先生の本を置いて来ました。
弟夫婦は結構元気だったので、頼もしさを感じました。
石巻の実家周辺、祖父からの職場である魚市場と会社のあった場所、対岸の被害の酷い地区を弟が皆見せてくれました。
あまりにも酷くて、どこに今いるのか分からない状態でした。
松林は海水に浸かって全て無くなっていました。
そこに立っていても海水に浸かった木は枯れて真っ茶色になっていました。
自宅はキレイにしゃんと立っていましたが、天井まで浸かってしまったので、いたる所が壊れたり、泥ですすけていて、可哀想でした。
電気器具や使えなくなった物、泥は弟とボランティアの方達が片付けてくれて、ここまでキレイにしてくれたのです。
それでもここは危険区域に指定されてしまい、今の時点では家を建てたり、住んではいけない事になっています。
近所のおばさん達は行くところも無いので壊れた家の二階に住み続けています。
そういう人がとても多いのです。
弟は今お嫁さんの実家にいますが、とうとう家を別の場所に買う事を決心したそうです。
被災した家に住めるようになっても、住むのは気味が悪いのだそうです。
本当に切ないですが、家は取り壊しになりそうです。
悲しいけど、地元へ行って初めて分かる悲しい事実もあり、私などはまだまだ救われている方です。
それにしても、今回の震災は海岸に近い所はことごとくやられてしまっており、その範囲も東北の太平洋側は全てで、気が遠くなるほど広いです。
亡くなった人数も半端無いです。
仙台市内は普通の日々が戻って来たように見えますが、至るところが工事中で、下水道の処理場が流されているので、なるべく水を使って流さないようにと、おふれが出ていました。
(後略)
私たちが出来ることは
やさしさや思いやりも必要でしょう
実際に復興のためのお手伝いは急務ですね。
一番必要なのは「お金」です。
税金も10%になるようですが、
それが東北の復興のためにお役に立つなら嬉しいです。
それなのに政治家はなにやっているんでしょう
全員辞めて総入れ替えしてもらいたいです。
いままでの政治手法はもう手放して
新しいユートピア的手法がこの状況の中から
生まれてきて欲しいと切に願います。
心より感謝しています