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2025年ラスト
おはようございます。ゆうづるです。
早いもので2025年もあっという間に終わりですね。
今年は長年にわたり旅客・貨物を支えてきた国鉄型電機が実質的な引退を迎えたのが自分にとっては一大ニュースでした。
若い頃から「当たり前」に走っていたものがある日を境にぱったりといなくなってしまうのは、予想はしていたとはいえ一抹の寂しさを感じずにはいられません。
しかし後継もしっかりと活躍をしていますので、来年も引き続き記録に励みたいなと思う今日この頃です。
2025-3-2 鹿児島にて
ダイヤ改正2週間前「稼働中のED76・EF81貨物の最後の撮影機会」と思い、九州弾丸ツアーを組んだ時の記録です。
3種類の機関車を1枚に収めることはもう叶いません。良い記録になりました。
2025-6-28 西日暮里付近にて
カシオペア最終列車として仙台往復の運用につくため推進回送で上野に向かう姿をGETしました。
返しの復路列車は平日で撮影に行けず、各所相当な人出だと思いましたので無理矢理ですが夜の走行撮影でお別れをしました。
牽引機の81号機は唯一車籍が残っていますが今後保存されるのでしょうか…
一方のE26系客車はしばらくは残るのかと思いきや、あっという間に除籍されてしまいました…
来る2026年も皆様にとって良き1年になることを心よりお祈りいたします。
良い年をお迎えください。
それではまた。
タイムスリップ
こんばんは。ゆうづるです。
訪問してから少し時間が経ってしまいましたが、この前初めて京都鉄道博物館に行ってきました。
だったのですが、せっかくなのでほかの展示物も堪能してきました。
キハ81系、DD54、80系電車など、この目で初めて見る車両も結構あり密かに興奮してしまいました…
JRになってから誕生した車両もありましたが、各地で大切に保存されてきた国鉄時代の車両たちを集めて常設展示している博物館のご尽力と意気込みに脱帽です。
大宮の鉄道博物館とは趣の違う内容物で興味深く見てまわってきました。
2時間弱の滞在でしたが、国鉄時代にタイムスリップしたかのような不思議な体験でした。
あと
京都といえば梅小路のSLなのでもちろんこちらもしっかり拝んできました。
久しぶりに大宮にも行ってみようかな(笑)
それではまた。
田端機関区EF81ものがたり その2
こんばんは。ゆうづるです。
前回の続きです。
JR化後の1990年代からになります。
5:東北ブルトレ小変化とカシオペア誕生
1990年代に入り東北地区の寝台列車にも一部小変化がありました。あけぼのの経由地変更やはくつるの客車化等が発生した関係で98・99・100・133号機が随時田端に転入。これらのカマは北斗星仕様に改修され早速従来配置のカマと共に活躍をはじめました。このうち133号機は上越線乗り入れ改修を施工されており前面につらら切りを装備した姿で北斗星仕様となったため非常に特長ある姿となりました。
そして1999年。従来の24系客車とはコンセプトを異にしたE26系カシオペアが誕生。この専用機関車として北斗星色を纏っていた79・89・92号機の3両が抜擢され、白地に赤・青・黄色の特長ある塗色をしたEF81が誕生しました。この頃が田端のEF81全盛期だったように思います。
21世紀に入り、所属するカマの転入転出は落ち着きをみせ大きな変化はありませんでしたが、この頃になると経年による故障もしばしばみられるようになり、初期の若番機が随時引退・廃車。後期製造のカマでも状態の悪いものは廃車となっていきました。
1992年8月 日立で試作されたED500の輸送に抜擢された81号機
お召後の全般検査で「普通のカマ」に戻された頃です。
撮影日不詳(2008~2010頃)
田端に転属してきて北斗星仕様になった100号機と133号機
100号機はキリのいい番号でしたがあまり調子が良くなかったのか比較的早期に廃車されました。調子よければ最後まで残って欲しかったカマです。
1999年11月
営業開始して初めて撮影したカシオペアです。
2010年8月 田端で休んでいる3両の81をGET 80,81,82号機連番でした。
6: 後継機EF510の誕生と撤退
2000年代後半に入り、長年使用してきたEF81も老朽化による故障が頻発するようになってきました。こうした事態を重く見たJR東日本は2010年JR貨物が開発したEF510を東日本用に一部仕様を変更したEF510-500番台を導入。老朽化したEF81を置換えることとしました。
EF510は北斗星・カシオペア牽引のみならず、当時運用受託されていた常磐線系統の貨物列車にも充当されEF81を一掃し輸送効率の改善に大いに役立つこととなりました。
一方のEF81は80・81・95・97・98・133号機を残し他のカマは全機引退・廃車され定期運用が消滅してしまいました。
EF510化により新時代の幕開けか?と思ったのも束の間、2013年貨物受託運用の解消によりEF510に余剰が生じ、一部を除きJR貨物に売却することとなったのです。残ったEF510も北斗星・カシオペア牽引運用のみに限定されることとなり、EF510全盛期の時代は3年弱という非常に短いものとなりました。
*EF510は従来機の故障による輸送障害の防止を急務とするJR東日本と日本海縦貫線で使用しているEF81の置換を促進したいJR貨物の思惑が一致したため、北海道新幹線開業までの期間暫定的にJR東日本で使用しその後はJR貨物に売却する前提で導入したものと推測されます…
2010年9月 EF510が配置され活躍を始めた頃です。
7:北海道新幹線開業とEF81
2016年3月。北海道新幹線がついに津軽海峡を越え函館まで開業しました。これにより青函トンネル内は新幹線仕様に改修され貨物列車以外の在来線旅客列車は廃止されることとなりました。北の大地を目指す寝台列車も北斗星は客車の老朽化も相まって廃止。カシオペアも定常運用であった北海道乗入が廃止されましたが、車齢も比較的若いこともありその後は団体専用クルーズ列車として東日本エリア内での営業に限定して運転されることとなりました。
この時点で残っていたEF510も全機JR貨物に売却。田端に所属する本線走行のできる交直流機関車は6両のEF81のみという事態になりました。
カシオペアを使用したクルーズ列車の牽引にはなんとEF81が復活!団体専用列車ではありますがEF81が寝台列車を牽引するシーンが再びみられるようになり、多くの鉄道ファンはその復活劇に大いに酔いしれたものでした。
EF81は2010年以降大きな変更はなくクルーズ列車にも順調に充当されてきましたが、2017年、更新工事を受ける首都圏の電車たちを秋田や青森に運ぶための牽引用として秋田所属の139号機が田端に転属となり新たなメンバーに加わりました。転属後早速カシオペア牽引にも充当されるようになり、双頭連結器を装備した田端唯一のカマとしてカシオペアを牽引する姿は新たなシーンを我々に展開してくれました。代わりに97号機が長岡に転属となり、転属後原色のローピンに塗り替えられたのも驚きでした。
2017年8月 この頃のカシオペア回送は日本海回りで運転されるパターンで、日本海バックでのシーンを多くGETできました。
2019年7月 全検出場後カシオペアに充当された80号機
2018年11月 長岡転属後原色に戻された97号機
8:JR東日本機関車全廃計画
2020年前後、機関車を使用している配給列車・工臨列車の運用効率化と老朽取替を目的とし管内で使用している機関車を2020年代半ばを目途に全廃する計画が発表されました。(SLは対象外とされました)
*機関車を運転する人員の育成も限定され、また数少ない事業用列車を運転するための機関車操縦免許をすべての運転士に持たせるのも非効率的なため、機関車操縦免許の不要な「電車タイプ」の牽引車を導入推進したものではないか?と個人的には思っています。
計画発表後しばらくは首都圏の電車新製・更新計画が旺盛だったこともあり、事業用列車の牽引は従来通りの機関車を使用していましたが、2022~2023年頃より急速に置換が進みついに2025年、各地に配属されていた機関車は引退していきました。
田端のEF81も133号機・98号機が相次いで廃車。ついに2025年9月には残っていた80・81・95・139号機も秋田に回送されていきました。
また2022年4月、JR東日本の組織改編で伝統の田端車両センターが尾久車両センターに名称変更され、長年親しんできた区名票「田」が「尾」に変わってしまいました。「田」を見慣れてきた自分には今でも「尾」はなじめません。といってもその「尾」も見ることが出来なくなりましたが…
区名票の変化をお楽しみください。EF81には「田」が似合うと思うのは私だけでしょうか?…
2025年1月 神立往復カシオペアのPPに充当された81号機と95号機
今年でこれらの車両も最後だろうなと複雑な思いで撮影した1コマですが、いざ現実に引退してしまった今見返すと何ともいえない寂しさがこみあげてきます…
以上、半世紀近くにわたって活躍してきた田端機関区EF81の歴史についてまとめてみました。
旅客列車・貨物列車をはじめ様々な事業用列車で活躍してきたEF81に改めて感謝するのと同時に、これまで長年定時運行を影日向なく支えてこられたすべての関係者の皆様のご尽力に改めて感謝申し上げたいと思います。
引退したカマが保存されるのかどうかは今のところ発表はありませんが、その活躍と功績を後世に伝えるためにも是非実現させてほしいと願いたいものです。
駄文と稚拙な写真の数々ご容赦ください。
それではまた。
田端機関区EF81ものがたり
こんにちは。ゆうづるです。
かねてから噂のあったJR東日本所属の機関車全廃計画がいよいよ完遂される日が近づいてきました。
尾久車両センター所属の分では8月の休み明け以降EF65 1115号機・EF81 81号機・80号機が相次いで回送され、全廃も秒読み状態でしたが9/17未明、EF81 95号機と139号機が秋田に回送されついに田端機関区(現尾久車両センター)所属の電気機関車配置がゼロとなりました。
その昔は田端機関区が貨物牽引機の留置場所だったということもあり、「田端に行けば必ず電気機関車に会える」ところでしたがそれも今は昔…「ネタに困ったら田端!」と田端詣でをしていた私としては何とも寂しい出来事でもあります。
首都圏のEF81配置区として長きにわたり君臨してきた田端機関区(あえてこう書きます…)のEF81の足跡を駆け足ですが以下紹介したいと思います。写真多めで恐縮ですがお付き合いいただければ幸いです。
1:EF81配置
1973年8月。東北線貨物列車増発用として82号機から93号機の12両が田端機関区に初配属されました。
名目通り東北線の福島までの貨物列車に充当され、ローピン色の機関車が東北線を行き来するようになりました。
田端では先輩格のEF80と一緒に休んでいる姿も良く見られました。その後94号機も追加配置されました。
1974年7月 小学生だった頃母親の田舎に遊びに行ったときに乗ったはつかり号の中から偶然撮った82号機。落成から1年経っていない頃です。
1981年1月 田端機関区でEF80と並ぶ93号機です。
1981年3月 福島駅でED78との2ショットです。
2:EF80の置換として増殖
1962年製造初年のEF80は常磐線用の交直流機関車として活躍してきましたが、自身の老朽化が進んだことにより後継の標準交直流機関車であるEF81に 置き換えることとなりました。
1980年に 95・96号機が田端に転入してきたのを皮切りに、1982年には内郷にいた元銀ガマ301・302号機と一般形の97号機 が転入。1984年には内郷機関区閉所に伴い75~81号機が相次いで転入してきました。
東北・上越新幹線上野開業の1985年改正では初期車の11~18号機と49~56号機が一気に転入。一方302号機が古巣の門司機関区に戻っていきました。
また1985年に開催されたつくば万博関連のお召列車運転に伴い81号機が本務機指定を受け、お召装飾をされたのもこの時代でした。
1982年3月 急行十和田の推進回送シーンです。95号機はこの頃は普通のカマでした。
1981年8月 関門からの使者302号機です。(この写真のみ田端転属前になります…)
1985年6月 つくば万博の臨時列車として運行されたエキスポライナーを牽引する51号機です。この後400番台改造種車として九州に転属していきます。
1986年6月 転属から1年以上経ちましたがやっと初期型11号機が撮れました。初期車が転属してくるとは思っていませんでした。
1986年2月 お召牽引から結構経ちましたが面影を残していた81号機です。ちょっと汚れているのが残念ですが…
3:JR化前後の動き
関門地区で活躍してきたEF30の代替としてEF81を改造して使用することとなり、1985年に転属してきた49~54号機と75号機を400番台の改造種車として九州地区に転属させることとなりました。また残っていた元銀ガマ301号機も門司に戻りました。
そして1987年のJR発足を迎え、田端機関区はJR東日本の所掌となりました。
またJR化後の各社独自の施策の一環で団体専用列車を整備する動きが加速。JR東日本では14系を改造した「スーパーエクスプレスレインボー」を誕生させました。その専用機関車としてEF65 1019号機とEF81 95号機が抜擢され、側面に大きくEF81とペイントした派手な機関車が誕生しました。
1990年1月 レインボー色に変更されてしばらく経ってしまいましたがようやく撮影出来た95号機です。
4:北斗星誕生
1988年3月。青函トンネル開業に伴い上野~札幌間を結ぶ寝台特急北斗星が誕生しました。これに関連したのかは定かではありませんが、55~61号機が新たに田端に転入してきました。
そして1990年頃から北斗星牽引用の改修が始まり、赤いボディに銀色の流れ星を描いた「北斗星色」のカマが続々と誕生しました。
1988年10月 北斗星運行開始当初はローピン原色のカマで牽引していました。転属組も北斗星牽引に充当され初期車の若番も牽引しましたが私は残念ながら撮影できませんでした…
*撮影失敗したピンボケ写真ですみません…
1990年1月 北斗星色EF81がデビューして間もない頃の96号機です。電源車のマニ24 500が珍しいです。
1990年代以降の活躍については後日ご紹介したいと思います。
お目汚し失礼いたしました。
それではまた。








































